まる)” の例文
幾ら人數にんずが少ないとツて、書生もゐる下婢げぢよもゐる、それで滅多めつたと笑聲さへ聞えぬといふのだから、まるで冬のぱらのやうな光景だ。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
其の果報者は何処の何奴だと空呆そらとぼけて訊きますと、相手は一層調子に乗って来て、それはそれは綺麗な美男子なのよ、まるで女見たいな。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
そこで一計を案じて、いかにも吸取紙に残った所らしくて、まるで違った所を考え出して、本当らしく持かけてわざと敵の手に渡して終う。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と笑っているところはまるで飢饉の実話以上……ここいらは首陽山にわらびを採った聖人の兄弟以上に買ってやらなければならぬと思う。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「情愛てものは争はれないものだね。妾はつく/″\感心して居るのさ。だつてね。叔父さんがあんなに酷く酔つて、まるで気狂ひのやうに。」
白明 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
女「真実まことに宜いのう、愛らしいこと、人抦ひとがらまるでお屋敷さんのお嬢さん見たようで、実に女でも惚れ/″\するのう」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そうだろう、いい花だろう、桃の花だよう、桃の花なんだ」と、声高に銅鑼どら声を上げつつ、まるで兵隊ごっこをする子供のように先頭を切って出て行った。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
すると鍋小路の若殿まるで結納の品でも貰つたやうに有頂天になつて其紙莨入れを片時へんじも離さず到る処に番町随一の美人から貰つたと吹聴して廻つたさうだ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
ドクトルがまる乞食こじきにもひとしき境遇きやうぐうと、おもはずなみだおとして、ドクトルをいだめ、こゑげてくのでつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まるで自分が内侍と色事でもしてゐるやうな調子で、若い変な声を出して何時いつ迄も読み続けるので、どんな相手でもついその記憶力に感心させられてしまふ。
『贅沢云うなら、サッサと帰って頂戴。そんな幸福感を味わっちゃったら、あんたはあたしを、まるで女房かなんかのような気がするでしょうよ。馬鹿々々しい!』
四月馬鹿 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
彼奴あいつにも困っちまう。今日はまる狂人きちがいみたよう。わしが、宮様へあげる玉露の御相伴をさしたい、御茶菓子の麦落雁むぎらくがんも頂かせたい、と思って先刻さっきから探しているんだけど」
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雖然けれども風早學士は、カラ平氣で、まるで子供がまゝ事でもするやうに、臟器をいぢくツたり摘出したりして、そして更に其の臟器を解剖して見せる。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
真弓の長い物語りに、津村と村井はまるで悪夢から醒めたように、暫くは茫然としていた。が、やがて漸く気をとり直して、津村が訊き始めた。
互ひにツとした顔をして、決して視線を合せなかつた。——それが酔つた場合になるとまるで親しい友達か何かのやうに盛んに喋り出すのだつた。
熱海へ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
良人をつとは三高の語学教授で京都に住み、細君かないは音楽学校のヴイオロニストで東京に居るのでは、まるで七夕様のやうに夏休みをたのしむ他には、いい機会もあるまい。
常の如く番頭さんが女の方へ摺寄すりよって来るとき、女の方で番頭の手へ小指を引掛ひっかけたから、手を握ろうとすると無くなって仕舞うから、まるで金魚を探すようで
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あるひまた苦痛くつうもつ自分じぶん鍛練たんれんして、れにたいしての感覺かんかくまるうしなつてしまふ、ことばへてへば、生活せいくわつめてしまふやうなことにいたらしめなければならぬのです。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「それは、分りませんよ」と今度は横合いの方から他の中年のボーイがまるで怒ったように叫んだ。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
第一文章がまるで成つて居らず、おまけに無禮な調子であると訂正されるうちに、作文でも手紙でも私は、眞に考へたことや感じたことを、そのまゝ書くべきものではなく
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何時だかまるで見当も付きませんが、翌日眼をさました所が、閣下よ、A警察署なのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
晩年には益々こうじて舶来の織出し模様の敷布シーツを買って来て、中央に穴を明けてスッポリかぶり、左右の腕に垂れた個処を袖形そでがたって縫いつけ、まる酸漿ほおずきのお化けのような服装なりをしていた事があった。
まるで夢みたような事を主張するのです……しかも真剣に……
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
北國の雪解の時分と來たら、すべて眼に入るものに、まるで永年牢屋にぶち込まれた囚人が、急に放たれて自由の體となツたといふ趣が見える。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
その時分の事をよう知っている者に聞きますと、当時の二人はまるでお雛さま見たいやったそうだす。私の観測はやっぱり当ってましたンやな。
先づ学生フロッシが「誰も飲まんのか、誰も笑はんのか、馬鹿に鬱いでゐるぢやないか、君等は何時もてきぱきしてゐるのに今日はまるで濡藁の様だな。」
切付けられてアッと云ってひょろめくところへ、又、太刀深く肩先へ切込まれ、アッと叫んで倒れる処へ乗し掛って、まる河岸かしまぐろでもこなす様に切って仕舞いました。
路傍みちばたの見物人は、まるで名士の葬式にでも出会つたやうに、克明に帽子を脱いでお辞儀をしたといふ事だ。
当の彼が帰ればまるでお客でも迎えるような調子でこれは珍しいね等と云っていたという話だった。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
號室がうしつだい番目ばんめは、元來もと郵便局いうびんきよくとやらにつとめたをとこで、いやうな、すこ狡猾ずるいやうな、ひくい、せたブロンヂンの、利發りかうらしい瞭然はつきりとした愉快ゆくわい眼付めつきちよつるとまる正氣しやうきのやうである。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まるで夢のような話だ。私は昨夜遅く、毛沼博士を自宅に送って、ちゃんと寝室に寝る所まで見届けて帰って来たのである。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
建物の後は、にれやらならやら栗やら、中にうるしの樹も混ツた雜木林で、これまた何んのにほひも無ければ色彩も無い、まるで枯骨でも植駢うゑならべたやうな粗林だ。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
おもひおもひの姿ポーズで、まるで彫像か何かのやうにおし黙つて、余つ程深い瞑想に沈んでゐるといふ風な余つ程深い瞑想に沈んでゐるといふ風な、不思議な光景だつた。
海路 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
先日こなひだもこんな事があつた。その日は博士は朝から少し機嫌を損じてゐて、何家どこかの若い夫人が診察室に入つて来た折は、まるで苦虫を噛み潰したやうな顔をしてゐた。
成程なるほど、そこで寿老神じゆらうじんは。甲「安田善次郎君やすだぜんじらうくんよ、茶があるからおつな頭巾づきんかむつて、庭をつゑなどをいて歩いてところは、まる寿老人じゆらうじんさうがあります。乙「シテ福禄寿ふくろくじゆは。 ...
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
胡坐あぐらを掻きながら、一息煙を吸うと得も云われない気持だった。つい先刻死を決した自分が、まるで別人のように思われた。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
周三は、此のモデルをて、製作熱を倍加ばいかした。屹度きつと藝術界を驚かすやうな一大傑作だいけつさくを描いて見せると謂ツて、まるで熱にでもかゝツたやうになツて製作に取懸とりかゝツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
僕は、小舟にもたれて、珍しくも沁々と月を眺めたりした。夜も大分けたと見えて、ふと足もとを見ると自分の影がまるでベルモットの壜のやうに細長く倒れてゐた。
センチメンタル・ドライヴ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
まるで動物園に新着の鸚鵡あうむでも見るやうな物好きな気持で、その日本人に会つた事があつた。
「アレ又引込ひっこんだ、アラ又出た、引込んだり出たり出たり引込んだり、まる水呑みずのみ/\」
「貴い犠牲か? だが世間の奴等はそうは云わないからな。まるで僕達が愉快で人の裏面をあばくように思っているからな」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ところが皺くちやな執事が、土蔵から取り出して観山氏の前にひろげたのはそんな小切こぎれでは無かつた。まるで呉服屋の店先に転がつてゐる緋金巾ひがねきんか何ぞのやうに大幅おほはゞのものだつた。
丁度紅葉もみじも色づきます秋のことでげすが、軍艦が五艘ごそうも碇泊いたし宿しゅくは大層な賑いで、夜になると貸座敷近辺はまるで水兵さんでうまるような塩梅、いずれも一杯召食きこしめしていらっしゃる
少しあまツたるいやうな點はあツたけれども、調子に響があツて、好くほる、そしてやさしい聲であツた「まるで小鳥がさへづツてゐるやうだ。」と思ツて、周三は、お房の饒舌しやべツてゐるのを聞いてゐると
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私の自惚れとはまるで反対に、白々しく快活に照子は笑ひました。
晩春の健康 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
まるで親身のようになって、而も私がもし離れでもしたら大変だというようにして、自ら屈してまで機嫌をとられるのが、はっきり分るほどになった。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ズブ/\と這入っちゃア大変でげすからナ…へえ御免なさい/\……これは/\何うも旦那御覧ごろうじろ、まるで鮪を転がしたようにみんなゴロ/\寝ていますが、上等の方でさえ是れでげすもの
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と自分はじつと流を見詰めると、螢の影はまるで流れるやうだ。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「よろしなあ、まるで画のやうやなも。」
ふと気がつくと、午後の日ざしは大分傾いて、割に涼しい風が吹いていたにも係らず、野村の身体は、まるで雨にうたれたかのように、汗でグッショリだった。