のど)” の例文
だれだろう。誰か知っている人だったか。二、三度視線を新聞と往復させ、ふいに彼ののどに叫びのようなものがのぼってきた。頼子だ。
十三年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
傷はのどへ一箇所、馬乗りになって突いたものでしょうが、よッぽど落着いた手際で総兵衛はたぶん声も立てずに死んだことでしょう。
六兵衛はわれ知らず逃げ腰になり、口をあいてあえいだ。口をあかなければのどが詰まって、呼吸ができなくなりそうだったからである。
ひとごろし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二人の鵜匠は手縄をいて鵜を舟にあげた。労役ろうえきを終った鵜は嬉しそうにそれぞれ羽ばたきをして、大きなのどを川風にふくらました。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ロボはそののどに食いついたなり、身をしずめ、うんとふんばると、牝牛めうしは、角を地についてまっさかさまに大きくとんぼ返りにたおれる。
疲労と、恐怖の為に、のどは呼吸をするのも痛い程、カサカサに乾いて来る。彼のその時の気持を、何と形容すればよいのであろうか。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『ハ、いゝえ。』とのどつまつた樣に言つて、山内は其ずるさうな眼を一層狡さうに光らして、短かい髭を捻つてゐる信吾の顏をちらと見た。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼らはのどらして呼んでいた。彼女はそのままにさしておいて、それから反対の方へ行って呼んだ。ついに彼らは疲れてしまった。
ええ、どうしたんだろう私は! と口惜しさ悩ましさにじれてみても、のどまで出そうになる言葉が歯がゆくも心の奥へかすれてしまう。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしその実、彼はいま笑うどころの沙汰さたでなかったのである。心臓はずきんずきんと打って、呼吸がのどにつまりそうなのであった。
とにかく清逸は大きな声で西山を呼んでしまった。彼は自分ののどから老人のようにしわがれたうつろな声の放たれるのを苦々にがにがしく聞いた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
千枝松はのどれるほどに藻の名を呼びながら歩いたが、声は遠い森に木谺こだまするばかりで、どこからも人の返事はきこえなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたしはおまえさんのためをおもってそうってげるんだがね。とにかく、まあ出来できるだけはやたまごことや、のどならことおぼえるようにおし。
のつそりハッと俯伏せしまゝ五体をなみゆるがして、十兵衞めが生命はさ、さ、さし出しまする、と云ひしのどふさがりて言語絶え
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「斯うやってお客さまののどあたりを当っているところへグイッと地面が持ち上ったんで、剃刀かみそりが一寸も入って即死したと言うんです」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
声がのどに引っかかってどうしても出て来なかった。それが大して苦痛でなしに叫び得るようになるまでには十日はたっぷりとかかった。
玉子や肉の物ばかりですと少しのどさわる気味がありますからジャムのサンドイッチかあるいは野菜サンドイッチを一緒に食べます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
犬は土間に這入ると、のどが乾いていたのだろう、そこにあったバケツの中の水をぴしゃぴしゃ音をさせてさもうまそうに呑んだ。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
遠方で打つ大砲の響きを聞くような、みちのない森に迷い込んだような心地がして、のどかわいて来て、それで涙が出そうで出ない。
まぼろし (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
のどの鎌形傷の始まるまえに、きまって切ッ先がそよいだような傷があるだろう。あれは、竿を合せる前にチラと籠手へかかった気合傷だ」
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「この坊ちゃんは、肥えているわい。この肌の白さは、どうじゃ。胡桃くるみの実で肥やしたんじゃな!」とのどを鳴らして言いました。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ついに彼は、のどのあるあたりのくびに接吻し、そこに唇を長いあいだ押しあてていた。大尉の部屋から物音が聞えたので、彼は眼を上げた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ちょうど、人間の手をすっかり隠してしまう手袋のような式に、のどのあたりから上をすっぽり包んでしまう別製マスクであった。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
のどかわいた人たちがいないというわけでもなかったが、その渇きは水甕みずがめよりもむしろ酒びんをほしがるようなたぐいのものだった。
もう少したって、今度は自分が、彼女よりも大きな声で、できるだけ大きな声で、のどがつぶれるほどわめいてやろうと思っている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
をどつてうたうてかつしたのど其處そこうりつくつてあるのをればひそかうり西瓜すゐくわぬすんで路傍みちばたくさなかつたかはてゝくのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
他の一方には、饒舌じょうぜつすずめのどを鳴らす山鳩やまばとや美声のつぐみが群がってる古木のある、古い修道院の庭の、日の照り渡った静寂さがたたえていた。
その感情はのどを詰らせるようになって来、身体からは平衝の感じがだんだん失われて来、もしそんな状態が長く続けば、そのある極点から
蒼穹 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
湯水さえのどに入らなかったのに、此の手紙を読んでは一層、思いはつのるばかり、中将が死んでは、私も生きてはいたくない。
弟は恨めしそうな目つきをいたしましたが、また左の手でのどをしっかり押えて、『医者がなんになる、あゝ苦しい、早く抜いてくれ、頼む』
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
が、竹の落葉の上には、それらしいあとも残っていません。また耳を澄ませて見ても、聞えるのはただ男ののどに、断末魔だんまつまの音がするだけです。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ところがその多くの魚どもが申しますには、「この頃たいのどに骨をたてて物が食えないと言つております。きつとこれが取つたのでしよう」
しかしそのタラーの水も無駄にはならん。それを飲むとのどかわきを止めるにはごく都合がよい。少し酸味はあるがなかなか味のよいものです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
へい、うも有難ありがたぞんじます、これうも大層たいそう奇麗きれいなお薬で。殿「ウム、早くへば水銀剤みづかねざいだな。登「へえー、これのみましたらのどつぶれませう。 ...
華族のお医者 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は胸の思いがのどのところまで込み上げて来たが、なにぶんにもまだ魔法を続けていて、その歓喜も焦燥も表にあらわすわけにはゆかなかった。
がさめてのちきさきは、のどの中になにかたくしこるような、たまでもくくんでいるような、みょうなお気持きもちでしたが、やがてお身重みおもにおなりになりました。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「俺は何て愚かな人間だか、自分でもあきれるばかりだ……」痴川はのどが通じるようになると、がっかりして嘆息した。彼はだんだん落付いてきた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
其れをまぎらすために目を開いて何か唱歌でも歌はうと試みたが、のど硬張こはゞつて声が出無かつた。と、突然低い静かな声で
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
とまたのどまで出かかって、私は呑み込んでしまいました。幾度聞いてみたからとて、そんなことは同じ返事だからです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
前項に引いた、英国の『ジョー・ミラー滑稽集』にいわく、行軍中の軍曹に犬が大口開いて飛びかかると、やにわに槍先をのどに突き通して殺した。
「譲治さん、あたしのどが渇いたから、何か飲む物を云って頂戴ちょうだい。浜さん、あんた何がいい? レモン・スクォッシュ?」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ダァヰンの兄弟分ワレース博士は、蛇にのまるゝかわずは苦しい処ではない、一種の温味おんみにうっとりとなって快感かいかんを以て蛇ののどを下るのだ、と云うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「よくよく何もなくてただほんののどしめしだよ。子どもらはどうしたろ。とうもろこしをとってみたらまだ早くてね」
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
四つめには「塩物ばかりではのどかわく、刺身さしみを」といいだす。乞食こじきのごとき者でさえも、その欲望を満たそうとすれば、どこまで行っても満足せぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かれは赤が第一に耳をめがけてくることを知っていた、でかれはもし敵がとんできたら前足で一撃を食わしよろめくところをのどにかみつこうと考えた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
僕はのどもとまで食い足り満ち足りて、今や陶然たる気もちだ。もう何も欲しいものはない。中風になろうが赤痢せきりで死のうが悔いなし、というところだ。
それはの家家からも二階からも起るらしい艶めかしい笑い声とまじって、かれののどすじを締めつけるような衝動的な調子でからみついてくるのであった。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
フトがつくと、さきんでゐるラランがなに旨味うまいものでもたべてゐるやうなおとをたてゝ、のど気持きもちよくならしてゐる。ペンペはもう我慢がまんができないで
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
七郎丸は何か息苦しそうにのどを詰らせて熱い手で僕の手を握った。「ああ、君にってしまったらどう話をはじめて好いやら解らなくなってしまった。」
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
それから、かねて行きつけの今から二時間ばかり前に一寸のぞいただけで入らなかつた其のバーに再び立ち寄つて熱いのをのどに通はせてから家へ帰つて寝た。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)