つる)” の例文
部屋の一端には巨大な一対の鹿しかの角が壁にはめこんであり、その枝は懸釘かけくぎの役をして、帽子や、鞭や、拍車をつるすようになっていた。
なまのままの肉やロースにしたのや、さまざまの獣肉じゅうにく店頭みせさきつるした処には、二人のわかい男がいて庖丁ほうちょうで何かちょきちょきと刻んでいた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
はりつるせる筈もないし、ドタバタやらかすには近所が近過ぎる。——俺も一と廻り薄情な御近所の樣子を見て來よう。あとを頼むよ、八
歩いているうちに、巳之助は、様々なランプをたくさんつるしてある店のまえに来た。これはランプを売っている店にちがいない。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そこで今一本のマッチの軸の頭を折ったもので結晶をつるしながら、丁度結晶が垂直に立つようにその一端を唾の滴にふれさせるのである。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
だんだんに声を辿たどって行くと、戸じまりをした隣家の納屋なやの中に、兵児帯へこおびふんどしをもって両手足を縛られ、はりからうさぎつるしにつるされていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「だからおれは、あいつを外してしまって、その代りにこのかんを首へはめて、細引で松の枝へつるしておいて仕事にかかりてえと思うのだ」
笑って取り合わなかったが、いよいよもって油紙に火のついたように、髪を逆立てて太腿ふとももあらわにじだんだ踏んで眼をつるし上げた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
卯平うへいせまいながらにどうにか土間どまこしらへて其處そこへは自在鍵じざいかぎひとつるしてつるのある鐵瓶てつびんかけたり小鍋こなべけたりすることが出來できやうにした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
黒板につるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところをしながら、みんなにといをかけました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この者切られし首の髮をとらへてあたかも提燈ちようちんの如く之をおのが手につるせり、首は我等を見てあゝ/\といふ 一二一—一二三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
まづしい店前みせさきにはおほがめかふわに剥製はくせい不恰好ぶかっかううをかはつるして、周圍まはりたなには空箱からばこ緑色りょくしょくつちつぼおよ膀胱ばうくわうびた種子たね使つかのこりの結繩ゆはへなは
しかも博士は、高い天井てんじょうからつるしたロープの端の輪に両足をかけ、機械体操の要領ようりょうで、さかさにぶらさがっているのである。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
隣の洗濯屋の物干ものほし隙間すきまなくつるされたワイ襯衣シャツだのシーツだのが、先刻さっき見た時と同じように、強い日光を浴びながら、乾いた風に揺れていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、その光がさしてゐるだけに、向うの軒先につるした風鐸ふうたくの影も、かへつて濃くなつた宵闇よひやみの中に隠されてゐる位である。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
二十箇ほどのガス燈が小屋のあちこちにでたらめの間隔をおいてつるされ、夜の昆虫こんちゅうどもがそれにひらひらからかっていた。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
同行八人の寝室も、食堂も、ここで兼ねるのである。早速、焚火にかかって、徒渉に濡れた脚絆きゃはんを乾すやら、大鍋をつるして湯を沸かしたりする。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
登りきったところは、百坪ばかりのなにもない空地で、隅のほうに枯れた杉の木があり、その枝に裸の女がつるされていた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
洋画家中村不折氏の玄関には銅鑼どらつるしてある。案内を頼む客は、主人の画家ゑかきの頭を叩く積りで、この銅鑼を鳴らさねばならぬ事になつてゐる。
時は秋の末であったらしく、近在の貧しい町の休茶屋や、飲食店などには赤い柿の実が、枝ごとつるされてあったりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
河豚ふぐ提灯、これは江の島から花笠かりゅうが贈つてくれたもの、それを頭の上につるしてあるので、来る人が皆豚の膀胱ぼうこうかと間違へるのもなかなか興がある。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
こんな病院へはいらなければ生を完うすることのできぬみじめさに、彼の気持は再び曇った。眼を上げると首をつるすに適当な枝は幾本でも眼についた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
クリスマスの裝飾さうしよくもちゐた寄生木やどりぎおほきなくすだまのやうなえだが、ランプのひかり枝葉えだはかげせて天井てんじやうつるされてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そこに濛々もうもうと渦巻く熱気と、石炭の粉の中に、臨時につるした二百燭光しょくの電球のカーボンだけが、赤い糸か何ぞのようにチラチラとしか見えていない。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
船室キヤビン中央ちゆうわうつるしてある球燈きゆうとうひかり煌々くわう/\かゞやいてるが、どうも其邊そのへんなに魔性ませうでもるやうで、空氣くうきあたまおさへるやうにおもく、じつ寢苦ねぐるしかつた。
順一の持逃げ用のリュックサックは食糧品が詰められて、縁側の天井からつるされている綱にくくりつけてあった。つまり、鼠の侵害を防ぐためであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
いろんな焼物が並べてあるでせう? あの後へこれから何か面白い布をつるして背景にして、それからあの花揷はなさしへは他のいゝ花を何か揷す積りですがね。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
社殿は古びた清素な建築で、賽銭箱さいせんばこの上につるした大きな鈴も黒ずんでいました。下った五色の布を引いて拝します。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
傘が触って入口ののきに竿を横たえて懸けつるしてあった玉蜀黍とうもろこし一把いちわをバタリと落した途端に、土間の隅のうすのあたりにかがんでいたらしい白い庭鳥にわとりが二
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
刺身皿のまぐろこの海で取れたのだと云ふ。卓上に印度インド式の旋風布フアンカつるし、その綱の一端を隣室から少年の黒奴こくどが断えず引いて涼を起すのは贅沢ぜいたくな仕掛である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私の小さいブランコのつるしてあった、その無花果の木の或る枝の変にくねった枝ぶりだとか、あるときの庭土のかおりだとか、或いはまた金屑かなくずのにおいだとか
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
キヌちゃんはその手紙をもらってから、急にお白粉しろいが濃くなったとか、まる鏡にひもをつけて帯の前につるし、仕事をしながら終始のぞきこんでいるとか、際限がない。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
われわれの子供の時分には、金魚池などに蚫の殻をいたちよけにつるすということがあった。蚫の殻は裏がよく光るので、夜でも鼬が恐れて近寄らぬからだという。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
コノエさんはもう朝畑をして戻ってきたらしく、くわの束を井戸の中へつるしていた。クニ子とは小学校から同級生でお互にあけすけなものいいのできる間柄であった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
「蚊帳だ! 蚊帳だ!」と大騒ぎをして、それをつらうとしたが四すみつる釣手つりてがありませんでした。
蚊帳の釣手 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
常木様のおさとしもきかねえで、ぷいと、代々木を飛びだした帰り途——、これ見てくンな、柳原のつるしん棒で、合羽かっぱ脚絆きゃはんの急仕立て、すぐに旅へ立とうとしたが
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、次の日にその童子を学校の梁木につるして、むちで続けざまに打つてみんなに見せたのであつた。それから間もなく森文部大臣が殺されたのだといふやうな気がする。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
そこは両側とも拡げられていて、最上後甲板下船室ラウンドハウスと言ってもいいくらいであった。もちろん、やはり天井はごく低かった。が二つの吊床ハンモックつるすだけの余地はあった。
ところへ大きなたけしやくもある白張しらはり提灯ちやうちんつるさがつてります、其提灯そのちやうちんわりには蝋燭ろうそくほそうございますからボンヤリして、うも薄気味うすきみの悪いくらゐなん陰々いん/\としてります。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
数千本の丸太を湖の浅い部分に打込うちこんで、その上に板をわたし、そこに彼等の家々は立っている。ゆかのところどころに作られた落し戸をけ、かごつるして彼等は湖の魚をる。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
本町の通では前の日の混雑した光景さまと打って変って家毎に祭の提灯を深くつるしてある。紺暖簾のれんの下にさげたすだれも静かだ。その奥で煙草盆の灰吹をたたく音が響いて聞える位だ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
店の上につるされた、五十しょくぐらいの電燈が、蒼白あおじろい、そしてみずみずしい光をふりまき、その光に濡れそぼっている果物屋の店や、八百屋の店は、ますます私の心を、憂鬱に
郷愁 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
四月になったら、ふっくらと広い寝台をえ、黒い、九官鳥の籠をつるそうと思っています。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
宿の妻が虫籠や風鈴ふうりんつるすのもやはり便所の戸口近くである。草双紙の表紙や見返しの意匠なぞには、便所の戸と掛手拭かけてぬぐいと手水鉢とが、如何に多く使用されているか分らない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼はのびあがって、それを堀大主典の前につるした。人々の顔は黄ばんだ光に染めだされた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
街々を突っ切って、遠く間を隔てて、不恰好な街灯が一つずつ、滑車綱でつるしてあった。
道化役の白い衣裳いしょう不恰好ぶかっこうゆがんでつるされたやうにエクランの中心を横切つたりした。その白ぼけた光がある時はエクラン一ぱいに膨らみ、客席の人の顔を鈍く照し出すのだつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼には七里ひと跳びの長靴があり、牡牛おうしのようなくび、天才的な額、船の竜骨のような腹があり、セルロイドのはねと悪鬼のような角があり、そして後ろには大きな軍刀をつるしている。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その頃、誰が云い出したのか知らないが、コロリの疫病神をはらうには、軒に八つ手の葉をつるして置くがいいと云い伝えられた。八つ手の葉は天狗の羽団扇はねうちわに似ているからであると云う。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やがて、ぼくは真面目まじめにそう答えた。そのとき山口はぼくにとって、牛肉屋の店先につるされた赤い肉塊のような物質、ぼくにどうすることもできない、「他人」の一人でしかなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)