きり)” の例文
「……そうしてきりの舞台に閻魔えんまさまでもおどらして地獄もこの頃はひまだという有様でも見せるかな……なるほど、これは面白そうだ」
道翹だうげうこたへた。「豐干ぶかんおつしやいますか。それは先頃さきころまで、本堂ほんだう背後うしろ僧院そうゐんにをられましたが、行脚あんぎやられたきりかへられませぬ。」
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
うだ、んだとへば、生死いきしにわからなかつた、おまへ無事ぶじかほうれしさに、張詰はりつめたゆるんで落胆がつかりして、それきりつたんだ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
僕は貴女あなたに感謝しなければなりません。昨日きのう偶然に僕と、貴女とあすこで二人きりになった事を、貴女は記憶しておられるでしょう。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
隠居料を取って楽に出来るお身の上に成ったら、その時にゃア御不自由ならお梅は仕事に上げッきりにしても構わねえという心さ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さても吉兵衞は今ぞ大事と思ひきりつゝしんで又々申立る樣もとより久八と千太郎とは兄弟に御座候と顏をあからめて云ければ越前守殿是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
末枯うらがれ」「さざめ雪」「三のきり」「冬至」「影繪」「夏萩」「潮の音」「老犬」の八篇、何れも無戀愛小説である。何處にも戀の場面は無い。
そして、それっきり、この怪画家は再び姿を見せなかったのだ。洗面所へ行くと見せかけて、どこかへ逃出してしまったのだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どうせ使節は長く此処ここに居る気遣きづかいはない、間もなく帰る。帰ればソレきりだ。そうしてお前は露西亜人になって仕舞しまいなさい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
物語や立廻りの都合はあれど、光俊がこのいそがしい中で一旦よろいを脱ぎてまたきりにこれを着するは想像せられぬことなり。
漁史は、錨綱を繰り放つ役、船頭は戕牁かしつつく役にて、前々夜、のお茶屋釣聖ちょうせいのかかりという、きりっぷの大巻きに鈎尖はりさきの漂う加減に舟を停めぬ。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
「えゝから、れつきりぢやきかねえのがんだから」勘次かんじはおつぎを呶鳴どなりつけた。かれさらふくろ蕎麥粉そばこをけけてしまつてなほぶつ/\してた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その晩のきりが『花競八才子はなくらべはっさいし』という題で、硯友社の幹部の面々が町奴まちやっこ伊達姿だてすがたで舞台に列んで自作の「つらね」を掛合かけあいに渡すという趣向であった。
僕がどんなに貴女と二人きりの時間を持ちたいと思つてゐる時でも、貴女は美奈子さんを無理にお勧めになるのですもの。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
が狂言は、新物と実録物で、其にきりの浄瑠璃までだあくの操り人形の物真似だつたので、役柄もよく訣らない。
市村羽左衛門論 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
あなたのうちの直ぐ隣りにいたきりふさのトミでございます、あなた様が先の世で四十五歳の時に木喰戒もくじきかいをおうけになって、国へお帰りになさいました時に
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たゞ、一箇所かしよ丈餘じやうよ貝層かひそう下部かぶから一二しやくところに、小石こいしごとかこつたなかで、焚火たきびをしたらしい形跡けいせき個所かしよが、半分はんぶんきりくづされて露出ろしゆつしてるのを見出みいだした。
して手当り次第に側にあるきりかけの肉を切ってよこすからよく注意せんととんでもない処を持って来る。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「あれは水じゃない、エーテルという麻酔剤だ、あれだけ嗅げば二日くらいは眠りっきりになるんだ」
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
此戦役の前半、即ち第二軍に於ける兵站衛生作業、南山役なんざんのえき得利寺役とくりじのえき大石橋だいせつきょう蓋平がいへい小戦)、遼陽りょうよう戦なれども、此分を記すとひし軍医先年病歿、それきりになり居候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その替りの外題げだいは「優曇華浮木亀山うどんげうききのかめやま」の通しで、きりに「本朝廿四孝」の十種香から狐火きつねびをつけた。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その次の中入後のワキ・ワキヅレの待謡まちうたひから、後ジテの出端ではの登場・神舞かみまひきりのロンギまでは、全曲の急の部分であるから、これはテンポを早めて颯爽たる所を見せねばならぬ。
演出 (新字旧仮名) / 野上豊一郎(著)
もう此上おこらせると、又三日も物を言わなかった挙句、ぷいとうちを出てざいの親類へ行ったきり帰らぬという騒も起りかねまじい景色なので、父は黙って了う。母も黙って出て行く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
養父ようふも義弟も菊五郎や栄三郎いっそ寺島父子になってしもうた堀川の芝居の此猿廻わしのきりにも、菊之助のみは立派りっぱな伝兵衛であった。最早彼は此世に居ない。片市も、菊五郎も居ない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
の紋附の着物を着た裏町の琴の師匠が来た。和歌山の客は皆奥で湯に入つて居るらしい。杯盤やきりずしを盛つた皿が持つて来られて、父も母も客も丁稚でつちも皆同じやうに店で食事をした。
住吉祭 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
取澄してさえいれば、口髭くちひげなどに威のある彼のがっしりした相貌そうぼうは、誰の目にも立派な紳士に見えるのであった。小野田はきりたての脊広せびろなどを着込んで、のっしりした態度を示していた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ところが私は出て来たきりで帰りませぬからこの帰国証書が私の手に記念として残って居るのでございます。お話は戻りますが、チーキャブから書面を得るということは容易ならぬ事です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
笹藪ささやぶのかたわらに、茅葺かやぶきの家が一軒、古びた大和障子やまとしょうじにお料理そばきりうどん小川屋と書いてあるのがふと眼にとまった。家のまわりははたで、麦の青い上には雲雀ひばりがいい声で低くさえずっていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
喬介が笑いながら私の前へ差し出したのは、飛びッきり上等のかざりが付いた鋭利な一丁のジャックナイフだ。鉄屑の油や細かい粉で散々によごれているが、刃先の方には血痕らしい赤錆が浮いている。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
お隣のなか座には、きり奴道成寺やつこどうじやうじに長唄では山左衛門さんざゑもん、伊十郎、常磐津では松尾太夫が勤めてゐる。浪花座のに比べると、大分だいぶん顔触が光つてゐるだけに、くだんの名人達も流石に気がさしてならない。
時分柄の鳥なべも、きりこむ葱の五分すかぬ、食類家のお口に合ふやう、精々心を用ひ升れば、軒端に団扇の音絶えず、いぜんにましての御来駕を、主人の頼に河竹其水、御なじみ様へ願ふになん。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「うむ、六七月ころになると、それをきり花にして客かざる……」
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
と言って御辞儀をしたので、榊も話をきりにした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よしきり葛飾かつしかひろき北みなみ
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
巾着きんちゃきり
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……そうしてきりの舞台に閻魔さまでも躍らして、地獄もこのころはひまだという有様でも見せるかな……なるほど、これは面白そうだ」
可愛い夫が可惜いとおしがる大切なおしゅうの娘、ならば身替りにも、と云う逆上のぼせ方。すべてが浄瑠璃の三のきりを手本だが、憎くはない。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところが舞台に入ってみると、「野守のもり」の「きり」のお稽古で、その稽古振りの猛烈なこと、とても形容の及ぶところでない。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
とゞまりしと雖も小夜衣の事を思ひきりしに非ず只々たゞ/\便たよりをせざるのみにて我此家の相續をなさば是非ともかれ早々さう/\身請みうけなし手活ていけの花とながめんものを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
与次郎両人を落しやらんとして、猿にお初徳兵衛の祝言の模様を舞はせて送る。緊急問題は堀川の序ときりとを残して、中をくつてしまふにあり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
らそれほどでねえとおもつてたが三四日さんよつかよこつたきりでなあ、それでも今日等けふらはちつたあえゝやうだからこのぶんぢやすぐけえすかともおもつてんのよ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
また丈助を狙って上って参りまする処を、丈助が狙いうちきりつけ、たゝみかけて禿はげたる頭の脳膸のうずいを力に任せて割附ける。
どうもこれはふさきりに塞いだものではない。出入口にしているらしい。しかし中に人が這入っているとすると、外から磚が積んであるのが不思議だ。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二人きりの場合には、わしは瑠璃子の忠実極まる奴隷であった。どうすれば彼女が喜ぶかと、それのみに心を砕いた。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いや、それで可笑をかしい話がある。染太夫がその雛人形をくれると、それから間もなく私が「妹脊山いもせやま」を書いて、染太夫は春太夫と掛合ひで三のきりの吉野川を語ることになつた。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
たとへば日雇賃ひようちんにても借家賃しやくやちんにても其外そのほかもの貸借かしかり約束やくそく日限にちげんみないづれも一ウヰークにつき何程なにほどとて、一七日毎ひとなぬかごときりつくること、我邦わがくににて毎月まいつき晦日みそかかぎりにするがごとし。その一七日のとなへごと
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
こうなると九兵衛の欲張り、高い宿賃を差引いて、僅かに三十両ばかり返したきり
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
その笑いようは、ホホ、ホ、ホホホウと三きりに声を次第に張上はりあげて行く。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
よく調べたらそんな事が外にも沢山ありましょう。何を買うのでも一々検査しないといけません。小言位申したって無責任な商人は平気なものです。一々突戻して取かえさせなければきりがありません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
先方さき足袋跣足たびはだしで、或家あるいへて、——ちつとほいが、これからところに、もりのあるなかかくれてつたきり一人ひとり身動みうごきも出來できないでるんです。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)