“軽皇子”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
かるのみこ66.7%
かるのおうじ33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
軽皇子(かるのみこ)が阿騎野(宇陀郡松山町附近の野)に宿られて、御父日並知皇子(ひなみしのみこ)(草壁皇子)を追憶せられた。その時人麿の作った短歌四首あるが、その第一首である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
皇極天皇は、蘇我氏が滅んだ翌日、皇位を中大兄皇子に譲り給はうとしたが、皇子は叔父君たる軽皇子(かるのみこ)を皇位に即け奉られた。これが、三十六代孝徳(かうとく)天皇である。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
それで穴穂王(あなほのみこ)は囲みを解(と)いて、ひきあげて待っておいでになりますと、二人の宿禰(すくね)は、ちゃんと軽皇子(かるのおうじ)をおひきたて申してまいりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
穴穂王(あなほのみこ)は、おあにいさまの軽皇子(かるのおうじ)を島流しにおしになった後、第二十代の安康天皇(あんこうてんのう)としてお立ちになり、大和(やまと)の石上(いそのかみ)の穴穂宮(あなほのみや)へおひき移りになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)