ため)” の例文
私は門のところにためらひ、芝生しばふの上にためらつた。鋪石道を往きかへりした。硝子戸ガラスど鎧戸よろひどしまつてゐて内部を見ることは出來なかつた。
「それが、鍵盤キイの中央から見ますと、ちょうどその真上でございましたわ」と伸子はためらわずに、自制のある調子で答えた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「その大切なしんがりのお役目を拙者が引き受けて進ぜる、——何をためらうことあろう、さっさと人員を割りつけなさい」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「なぜおためらい召さる。征夷将軍がお墨付にむかって、乗物のままは無礼でござろうぞ。匇々そうそうに土下座さっしゃい」
小姓は持っていた佩刀はかせを、刀架かたなかけにかけて去った。内膳はちょっとためらったが、しかしこれも入側いりがわへさがった。
もし作りえ、作り直し、迷いためらって作るなら、美はいつか生命を失うであろう。あの奔放な味わいや豊かな雅致は、よどみなき冴えた心の現れである。そこには活々いきいきした自然の勢いが見える。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
おせいは水月みぞおちに切りこむようにこみ上げてくる痛みを、帯の間に手をさしこんでじっと押えた。父はおせいのあまりに思い入った様子に思わずためらって、しばらくは言葉をつぐこともできなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「いいえ、竪琴ハープの前枠に手をかけていて、私は、そのままっと息をらしておりました」と伸子はためらわずに、自制のある調子で云い返した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
弱々しくためらいがちな、爪尖つまさきで歩くようにさえ聞えた。高雄は妻が坐るまで黙っていた。それから眼をあいて岳樺の枝を見あげ、薄くかすみをかけたような空の青を眺めた。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
急がず、ためらわず、お前の個性の生長と完成とを心がけるがいい。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
怪しみながらためらっているのを
「夢じゃないわ、もしか夢だったとしても、貴方がその気になれば」千代はちょっとためらった
七日七夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いったいレヴェズの処置にためらっているのは、どうしたということなんだい。考えても見給え。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)