薄明うすあかる)” の例文
御廟子みずしの裏へ通う板廊下の正面の、すだれすかしの観音びらきのが半ば開きつつ薄明うすあかるい。……それをななめにさしのぞいた、半身の気高い婦人がある。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼等は肩を並べながら、薄明うすあかるい広場を歩いて行つた。それは彼等には始めてだつた。彼は彼女と一しよにゐる為には何を捨ててもい気もちだつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
浮雲の引幕ひきまくから屈折して落ちて来る薄明うすあかるい光線は黄昏たそがれの如くやわらかいので、まばゆく照り輝く日の光では見る事あじわう事の出来ない物の陰影かげと物の色彩いろまでが、かえって鮮明に見透みとおされるように思われます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あおざめた小男は、第二の石段の上へ出た。沼のたような、自然の丘をめぐらした、清らかな境内は、坂道の暗さに似ず、つらつらと濡れつつ薄明うすあかるい。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、おれの心の中には、今までの疲労と倦怠との代りに、何時いつか静な悦びがしつとりと薄明うすあかるあふれてゐた。あの二人が死んだと思つたのは、憐むべきおれの迷ひたるに過ぎない。
東洋の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
寂しくわが邸を志して、その浅草新堀の西福寺——震災後どうなったか判らない——寺の裏道、卵塔場の垣外へ来かかると、雨上りで、妙に墓原が薄明うすあかるいのに、前途ゆくてが暗い。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女は薄明うすあかるい松林を見下しながら、何度もこう考え直そうとした。しかし誰かが見守っていると云う感じは、いくら一生懸命に打ち消して見ても、だんだん強くなるばかりである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)