猿楽町さるがくちょう)” の例文
旧字:猿樂町
その当時の内神田はこんにちの姿とまったく相違して、神保町じんぼうちょう猿楽町さるがくちょう、小川町のあたりはすべて大小の武家屋敷で、町屋まちやは一軒もなかったのである。
役所に遠いのを仮托かこつけに、猿楽町さるがくちょうの親の家を離れて四谷よつやかみの女の写真屋の二階に下宿した事もあった。神田の皆川町みながわちょう桶屋おけやの二階に同居した事もあった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
見合わせてそのじいの倅の友だちの叔父の神田の猿楽町さるがくちょうに錠前なおしの家へどうとかしたとか、なんとか言うので、何度聞き直しても、八幡やわたやぶでも歩いているように
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
錦子は出京してから、一ツ橋の学校にも近いので、神田猿楽町さるがくちょう親戚しんせきの家に泊っていた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
神田猿楽町さるがくちょうの或る下宿屋に、今の南満鉄道の副総裁をして居る、中村是公なかむらぜこうという男と一所いっしょに下宿していたものであるが、朝は学校の始業時間がきまって居るので、仕方なく一定の時間には起床したが
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「スタムプは猿楽町さるがくちょうの局ですよ。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
神田猿楽町さるがくちょうに住んでいた。黄八丈の着物に白ちりめんの帯をしめて、女の穿吾妻下駄あずまげたに似た畳附きの下駄へ、白なめしの太い鼻緒のすがったのを穿いていた。四角い顔の才槌頭さいづちあたまだった。
私は猿楽町さるがくちょうから神保町じんぼうちょうの通りへ出て、小川町おがわまちの方へ曲りました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その頃は大勢で猿楽町さるがくちょう末富屋すえとみやという下宿に陣取っていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)