そばた)” の例文
馭者は振り返って見、車掌も振り返って見、例の勢のある馬でさえ、逆らいもせずに、耳をそばたて振り返って見た。
山の間から思ひもかけない広い大洋が見えたり、一帆の影の危くそばたつて動いて行くのが見えたりした。
春雨にぬれた旅 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
耳敏い爺さんは凝然じつと枕をそばたてました。これまで數次かうして惡戲好な村落の若者の爲にぢらされたためしがありましたからか、爺さんはもう非常な怒氣を含みました。
白瓜と青瓜 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
上ること廿四丁、蟠廻はんくわい屈曲して山腹岩角を行く。石塊𡵧𡵧ぐわん/\大さ牛のごとくなるもの幾百となく路に横りがいそばたつ。時すでに卯後、残月光曜し山気冷然としてはだへとほれり。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
山𤢖と怪しの老女、この関連はいよいよ市郎の好奇心を湧かした。お政も冬子も珍しそうに耳をそばたてた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
心の内で、「まずかった。」「あら、口笛のがするよ。」と綾子は耳をそばたてたり、戸外そとにて喨々りょうりょうと二声三声、犬は疾風のごとく駈出だして、「変だ。」と思うまに見えずなりぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
息をころして忍びよると、容子やいかにと耳をそばたてながら中の気勢けはいうかがいました。
さてそばたつる耳もとの、さゞれのとこ海雲雀うみひばり
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)