聖林寺観音の左右には大安寺だいあんじの不空羂索観音や楊柳観音ようりゅうかんのんが立っている。それと背中合わせにわが百済観音が、縹渺ひょうびょうたる雰囲気を漂わしてたたずむ。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
と思うとまたその中で、床の間の楊柳観音ようりゅうかんのんが身動きをしたかと思うほど、かすかな吐息といきをつく音がした。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ところがちょうどその時分に使つこてたのんが、Y子さんちゅう十九になる娘さんで、大阪では有名な美人のモデルやそうで、それに楊柳観音ようりゅうかんのんの姿さしまして、——まあ
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
飯はようやくおわる。膳を引くとき、小女郎が入口のふすまあけたら、中庭の栽込うえこみをへだてて、向う二階の欄干らんかん銀杏返いちょうがえしが頬杖ほおづえを突いて、開化した楊柳観音ようりゅうかんのんのように下を見詰めていた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてその上には怪しげな楊柳観音ようりゅうかんのんの軸が、すすけた錦襴きんらん表装ひょうそうの中に朦朧もうろう墨色ぼくしょくを弁じていた。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ランプは相不変あいかわらず私とこの無気味ぶきみな客との間に、春寒い焔を動かしていた。私は楊柳観音ようりゅうかんのんうしろにしたまま、相手の指の一本ないのさえ問いただして見る気力もなく、黙然もくねんと坐っているよりほかはなかった。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)