棲居すまい)” の例文
責任感でかすかにふるえているかと思うその中年の女の声は、ひろ子に田舎町のはずれに在る侘しいトタン屋根の棲居すまいを思いやらせた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
だから、現在の建築技術は穴の棲居すまいを不可能ならしめ、現在の繊維工業の発達は、毛皮の着物を、常人の手のとどかないところまで駆逐してしまったのである。
そこはもはや、人間の呼吸し得べき範囲を越えた所で、それより先に怪物の棲居すまいとなるべきものである。
暫時しばらく彼女は家の門口に立って、垣根のところから南瓜のり下ったようなわびしい棲居すまいのさまを眺めた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昨日に変わる吾が棲居すまいのことやら、これから先、母のところを訪ねたものか、それともこのまま黄風島を脱けだしたものだろうかなどと、いろいろなことを考えくらした。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
邦夷らの棲居すまいがここに、——ここだけに限られようとは夢に見たことも無かった。あわれみの一片が投げあたえられたのであったかも知れない。兵馬倥偬こうそうのあいだには遊びに来る子供も見えなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
こういうわびしい棲居すまいで、東京からの友人を迎えるというは、数えるほどしか無いことで有った。やがて、「お帰りでしたか」と訪れて来た覚えのある声からして、三吉には嬉しかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一太の窓から見えるところが大工の家で、忠公の棲居すまいであった。忠公は、一太のように三畳にじっとしていないでもよいそこの息子であったから、土間の障子を明けっぱなしで遊んでいた。
一太と母 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
土塀どべいに近く咲いた紫と、林檎りんごの根のところに蹲踞うずくまったような白とが、互に映り合て、何となくこの屋根の下を幽静しずか棲居すまいらしく見せた。土塀の外にもカチャカチャなべを洗う音などがした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)