棄身すてみ)” の例文
よしそれとても、棄身すてみの私、ただ最惜いとおしさ、可愛さに、気の狂い、心の乱れるにまかせましても、覚悟の上なら私一人、自分の身はいといはしませぬ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中年者の恋はそれだけ棄身すてみで真剣なのです……いや、図に乗って四十を越えた私が気のさすお話をして恐縮です。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
一歩の空間を行き尽した靴は、光るこうべめぐらして、棄身すてみに細い体を大地に托した杖に問いかけた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その癖、おそろしく焦燥あせってジリジリしている事はたしかだ。これぞと思う本があればポケットをからにしても構わないぐらい棄身すてみの決心をしている事だけはたしかである。
探偵小説の正体 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
激しい盲目的な愛情の為に夫も棄てその子も棄て真に棄身すてみになつて縋りついて来た女に対して終に自己の平時の聡明に自ら克ち得なかつた事も極めて浅ましい最近の事実で御座います。
わが敬愛する人々に (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
金のつるがあって、一式のことに落籍ひかして素人にしてやろうと、内々思ってました内は、何かしら心の底にあったまりがあったのを、断然、使つかいを帰した上、夫人の心も知れて見れば、いかに棄身すてみになった処で
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蝶吉はのこりすくなになった年期に借り足して、母親を見送ってからは、世に便たよりなく、心細さのあまり、ちと棄身すてみになって、日頃から少しはけた口のますます酒量を増して、ある時も青楼ちゃやの座敷で酔った帰りに
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)