愛嬌者あいきょうもの)” の例文
よく行った松の湯は新しく普請ふしんをして見違えるようにりっぱになった。通りの荒物屋にはやはり愛嬌者あいきょうもののかみさんがすわって客に接している。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
もしそこに客がいなかったら、葉子は子供のように単純な愛嬌者あいきょうものになって、倉地に渋い顔ばかりはさせておかなかったろう。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
裁判所長は非常に思慮分別しりょふんべつのある愛嬌者あいきょうものだ——こういった連中がみな、チチコフを古い知合いのように歓迎した。
厚着をさせてある頃で、お繁は未だいもしなかったが、チョチチョチ位は出来た。漸く首のすわりもシッカリして来た。家の内での愛嬌者あいきょうものに成っている。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
亭主はわざわざ上の部屋から、『愛嬌者あいきょうもの』の話を聞きにおりてきたらしく、けだるそうではあるが、もったいぶったあくびをしながら、少し離れて腰をおろした。
五十五六の世馴れた愛嬌者あいきょうもので、少し卑屈らしいところはありますが、その代り町内の旦那衆に可愛がられて、小僧を相手に一文商いちもんあきないをしながら気楽に暮しております。
これは、すぐ近所の新聞社の二の面の(三の面の人は概して、飲みそうで飲まない)豪傑兼愛嬌者あいきょうものである。けれども連中、だれも黙礼すら返さない、これが常例である。
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その理髪屋はかつて気が狂ったことのある男で、愛嬌者あいきょうもののきれいなかみさんである自分の女房のことについてジルノルマン氏をいていたので、従って彼をきらっていた。
そうでなければ、いわゆる、狐狸というようなお愛嬌者あいきょうものが、型の如く人間を笑わせに来たのか、ともかくも、相当の心持であけてみる必要がある。ガラリ(戸をあけた音)——
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三味線弾きになろうとしたが非常にかんが悪い。落話家はなしかの前座になって見たがやはり見込がないので、遂に按摩になったという経歴から、ちょっと踊もやる落話おとしばなしもする愛嬌者あいきょうものであった。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「貴方、お疑り遊ばすと暴風雨あらしになりますよ。」といって、塗盆を片頬かたほにあてて吻々ほほと笑った、聞えた愛嬌者あいきょうものである。島野は顔の皮をゆるめて、眉をびりびり、目を細うしたのはうまでもない。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)