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八咫烏
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やたがらす
ふりがな文庫
“
八咫烏
(
やたがらす
)” の例文
この宇陀には、
兄宇迦斯
(
えうかし
)
、
弟宇迦斯
(
おとうかし
)
というきょうだいの
荒
(
あら
)
くれ者がおりました。命はその二人のところへ
八咫烏
(
やたがらす
)
を使いにお出しになって
古事記物語
(新字新仮名)
/
鈴木三重吉
(著)
天つ神の御子、こよ奧つ方にな入りたまひそ。荒ぶる神いと
多
(
さは
)
にあり。今天より
八咫烏
(
やたがらす
)
七
を
遣
(
つか
)
はさむ。かれその八咫烏導きなむ。
古事記:02 校註 古事記
(その他)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
あるいは
黄泉国
(
よみのくに
)
という名が出ると、それは出雲国のことだと説く。あるいはまた
八咫烏
(
やたがらす
)
が皇軍の道しるべをしたとあると、その八咫烏は人の名であると解釈する。
神代史の研究法
(新字新仮名)
/
津田左右吉
(著)
鹿は
春日
(
かすが
)
の第一殿
鹿島
(
かしま
)
の神の
神幸
(
みゆき
)
の時乗り
玉
(
たま
)
いし「鹿」から、
烏
(
からす
)
は
熊野
(
くまの
)
に
八咫烏
(
やたがらす
)
の縁で、猿は
日吉山王
(
ひよしさんのう
)
の月行事の
社
(
やしろ
)
猿田彦大神
(
さるだひこおおかみ
)
の「猿」の縁であるが如しと前人も説いているが
魔法修行者
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
熊野において
八咫烏
(
やたがらす
)
が道案内をいたしまして以来、熊野地方も宮方でござって、王事に尽くしたものでございまするが、現在の熊野の別当職、
定遍僧都
(
じょうへんそうず
)
は遺憾ながら無二の武家方でございますれば
あさひの鎧
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
▼ もっと見る
大空の神のお子よ、ここから
奥
(
おく
)
へはけっしてはいってはいけませんよ。この向こうには
荒
(
あ
)
らくれた神たちがどっさりいます。今これから私が
八咫烏
(
やたがらす
)
を
古事記物語
(新字新仮名)
/
鈴木三重吉
(著)
この時に
宇陀
(
うだ
)
にエウカシ・オトウカシという
二人
(
ふたり
)
があります。依つてまず
八咫烏
(
やたがらす
)
を遣つて、「今天の神の御子がおいでになりました。お前方はお仕え申し上げるか」
古事記:03 現代語訳 古事記
(旧字新仮名)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
天の神の御子よ、これより奧にはおはいりなさいますな。惡い神が澤山おります。今天から
八咫烏
(
やたがらす
)
を
古事記:03 現代語訳 古事記
(旧字新仮名)
/
太安万侶
、
稗田阿礼
(著)
八咫烏
(
やたがらす
)
古事記物語
(新字新仮名)
/
鈴木三重吉
(著)
“八咫烏”の解説
八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話に登場するカラス(烏)であり、導きの神。神武東征の際、高皇産霊尊(タカミムスビ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる。一般的に三本足の姿で知られ、古くよりその姿絵が伝わっている。
(出典:Wikipedia)
八
常用漢字
小1
部首:⼋
2画
咫
漢検1級
部首:⼝
9画
烏
漢検準1級
部首:⽕
10画
“八咫”で始まる語句
八咫
八咫鏡
八咫鴉
八咫屋