蕭条しょうじょう)” の例文
旧字:蕭條
「このこころつい蕭条しょうじょう」というくだりを繰り返し半蔵に読み聞かせるうちに、熱い涙がその男らしいほおを伝って止め度もなく流れ落ちた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだその比の早稲田は、雑木林ぞうきばやしがあり、草原くさはらがあり、竹藪たけやぶがあり、水田があり、畑地はたちがあって、人煙じんえん蕭条しょうじょうとした郊外であった。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
蕭条しょうじょうと荒れ果てた灰色の野の中を、真黒い外套と共に、あてもなく彷徨さまよっている中田の顔は、世にもすさみ切った廃人のそれであった。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
僕は戸外そとへ飛びだした。夜見たよりも一段、蕭条しょうじょうたる海であった。家の周囲まわりいわしが軒の高さほどにつるして一面にしてある。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
げ功成った一代の英雄や成功者が、老後に幾人のめかけを持っても、おそらくその心境には、常にちない蕭条しょうじょうたるものがあるであろう。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
その翌暁よくあさには前夜のそれとは見まごうばかりの落剥らくはくした灰色の姿に変わって、三々五々蕭条しょうじょうとまた丸山へ戻って行くのであった。
万物蕭条しょうじょうとした中に暖炉のけむりらしいものの立ち昇っているのなんぞを遠くから見ただけでも、何か心のなぐさまるのを感じた。
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「桑畑であろうと、牡丹畑であろうと、こう雪が降り積って、蕭条しょうじょうととした有様では同じことじゃ。吉野は麿まろたちに風邪かぜを引かせる趣向か」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飯盛おろしに吹き流される雲が、枯草が、蕭条しょうじょうとして彼等の網膜に写し出され、捉える事の出来ない絶望感が全身的にきついて来たのであろう。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
姫様ひいさまこういらっしゃいまし。」一まず彼室かなたの休息所へ、しばし引込みたまうにぞ、大切なる招牌かんばん隠れたれば、店頭蕭条しょうじょうとして秋暮のたんあり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ていれるしオォルは揃わぬし、外から見た目には綺麗きれいでも、ぼくには早や、落莫らくばく蕭条しょうじょうの秋となったものが感ぜられました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
昔も相当に繁昌したのではあろうが、所詮しょせん蕭条しょうじょうたる山上の孤駅、その繁昌は今日の十分の一にも及ばなかったに相違ない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
汽車が白河の関を過ぎた頃から天地が何となく蕭条しょうじょうとして、我らは左遷されるのだというような一種の淋しい心持を禁ずることが出来なかった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
蕭条しょうじょうたる冬野の中に、たった一輪石竹の花が咲いている。こういう光景には未だ逢著したことがないが、実際にはしばしばあるのかも知れない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
朝の川波は蕭条しょうじょうたるいろだ。一夜のねむりから覚めたいろだ。冬は寒風がつらくあたる。をとめのやうにさざ波は泣く。よしきりが何処どこかで羽音をたてる。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
クリストフは蕭条しょうじょうたる野の中で、国境から数歩の所に立ち止まった。彼の前にはごく小さな沼があった。いと清らかな水たまりで、陰鬱いんうつな空が反映していた。
満目蕭条しょうじょうたる平野に雑草の花が揺れて、雲の往来ゆききが早い。陽が照ったり影ったりして、枯木のような粗林のむこうに土民の家が傾き、赤土にからすが下りていた。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
表日本の方に比べて蕭条しょうじょうたるものでありましたけれども、それでも、歴史に多少とも興味を持つ兵馬は、もよりもよりの名所古蹟に相当足をとどめて、もっぱ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
京都の駅に着いた時、もう降り始めていた小雨が、暗くなると本降りになって夜を通して蕭条しょうじょうと降りそそぐ。
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
天地皆暗ク満目冥冥めいめいタラバ眼ナキト別ツベキナク、万物ことごとく静ニシテ千里蕭条しょうじょうタラバ耳ナキト別ツベキナシ。
呉秀三先生 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
満眸まんぼうの秋色蕭条しょうじょうとして却々なかなか春のきおいに似るべくも無いが、シカシさびた眺望ながめで、また一種の趣味が有る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
訪う人も来る人もなく、ただ一基……折しも雲にかくれて晩春の気蕭条しょうじょう! ここに数奇すうきの運命の人眠る。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
梶はしばらく街を見廻して立っていたが、寒そうに吹く風の中をモダンな姿で歩く人影も、どこの国の真似まねともなく一種すすけた蕭条しょうじょうとしたさびしさをたたえていた。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ついそこの、つい今通ってきた仲見世の賑わいが夢のような感じのする、そこは蕭条しょうじょうとした場所だった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ところで私自身は、他人から見たら蕭条しょうじょうたる落魄らくはく一老爺いちろうや、気の毒にも憐むべき失意不遇の逆境人と映じているだろうが、自分では必ずしもそう観念しては居ない。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
山おろしに木の葉も峰のくずの葉も争って立てる音の中から、僧の念仏の声だけが聞こえる山荘の内には人げも少なく、蕭条しょうじょうとした庭のかきのすぐ外には鹿しかが出て来たりして
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
するとその愛らしき眼、そのはなやかなそで忽然こつぜんと本来の面目を変じて蕭条しょうじょうたる周囲に流れ込んで、境内寂寞けいだいじゃくまくの感を一層深からしめた。天下に墓ほど落ついたものはない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれは石段のところから二町ほど上流の、灰色っぽい木橋のたもとまで来かかっていた。長い木橋の、灰ばんでよこたわっている姿は、枯れた川原の草の上に蕭条しょうじょうとしてかかっていた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まことに天地蕭条しょうじょう、はらりはらりと風のまにまに落ち散る柳葉が、いっそもう悲しくわびしく、ぬれて通る犬までがはかなく鳴いて、おのずから心気もめいるばかりでした。
ふと気付くと蜜柑の木の下に立っている。見覚えのある蜜柑の木だ。蕭条しょうじょうと雨の降る夕暮れである。いつの間にか菅笠すげがさかぶっている。白い着物を着て脚絆きゃはんをつけて草鞋ぞうり穿いているのだ。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
有明ありあけの月のうすい光に、蕭条しょうじょうとしたやぶが、かすかにこずえをそよめかせて、凌霄花のうぜんかずらのにおいが、いよいよ濃く、甘く漂っている。時々かすかな音のするのは、竹の葉をすべる露であろう。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
立ちぐされの案山子かかしに烏が群れさわいでいるけしき——蕭条しょうじょうとしてえり寒い。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
されど今はこれ等の精も森の奥の何処かの洞穴に隠れて、蕭条しょうじょうたる原は空しく冷い風が吹いている許りである。北は木立の間から燧岳の双尖と桍腰はかまごし山の平な頂上とが窺うように原を覗いている。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
蕭条しょうじょうたる漁村に相応ふさわしからぬ優雅な音をたてているのだが、コン吉はそれほどまでに深く自然の美観を鑑賞する教養がないためか、いたずらに、臭い、臭いといって顰蹙ひんしゅくし、この島における印象は
朽ち果てて惜しむべき建物ではないかもしれぬが、しかしこの置き忘れられたような蕭条しょうじょうたる風情ふぜいのゆえに、大和古寺のなかでも異彩を放っていると私は思うのだ。いかにも古寺らしい古寺である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
落葉が風に吹かれて地をう音を、都の人の足音かと飛立って外にけ出し、蕭条しょうじょうたる冬木立を眺めて溜息ためいきをつき、夜は早く寝て風が雨戸をゆり動かすのを、もしや家から親御さまのお迎えかなど
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
蕭条しょうじょうたる草のいおかどには梅阿弥の標札が掛かっていた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
門巷蕭条夜色悲 〔門巷もんこう蕭条しょうじょうとして夜色やしょく悲しく
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蕭条しょうじょうたる秋風の音は、それみずから芭蕉の心霊の声であり、よるべもなく救いもない、虚無の寂しさを引き裂くところの叫である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
沈黙がつづくと、ふたりのあいだには、粗雑な陣中の仮普請かりぶしんのため、ひさしからあふれ落ちる五月雨の音のみが蕭条しょうじょうと耳につく。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕭条しょうじょうとして降る秋のさびしさが主になりますからその陰気の感じは十分にありますが、同時にその壁を洩る煙までが何だか陰気臭くなってしまって
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
凡兆の句が蕭条しょうじょうたる山中の気を肌に感ぜしむるに対し、吾仲の句は絵画的にあたりの景色を髣髴ほうふつせしむるところがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
庭の木立はたくみに配置されていて庭を通して互いの部屋は見透さぬようになっていた。窓々には灯がともり柳の糸が蕭条しょうじょうと冷雨のように垂れ注いでいた。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
秋の末か何かのように、見渡すかぎり、陸や海は、蕭条しょうじょうたる色を帯びていた。が、信一郎は国府津だと知ると、よみがえったように、座席をって立ち上った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
蕭条しょうじょうたる寒村の秋のゆうべ、不幸なる我子の墓前に立って、一代の女将軍が月下に泣いた姿を想いやると、これもまた画くべく歌うべき悲劇であるように思われた。
秋の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金気蕭条しょうじょうとしてたちまち至る殺風景。やけでお若は浮気をする。紐がつく、つたからむ、蜘蛛くもの巣が軒にかかる、旦那は暴れる、お若はげる。追掛廻おっかけまわして殺すと云う。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八人ずつ組みになって蕭条しょうじょうと戻り来る遊女の群れを充血した目で見守っているのであった。
むろん旧暦ですから今の九月ですが、宵々よいよいごとにそろそろと虫が鳴きだして、一年十二カ月を通じ、この月ぐらい人の世が心細く、天地蕭条しょうじょうとして死にたくなる月というものはない。
先のななめに減ったつえを振り廻しながら寂光院と大師流だいしりゅうに古い紺青こんじょうで彫りつけた額をながめて門を這入はいると、精舎しょうじゃは格別なもので門内は蕭条しょうじょうとして一塵のあとめぬほど掃除が行き届いている。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蕭条しょうじょうたる屋敷跡に、思い出したようなチョビ安の唄声が、さびしくひびく。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)