むね)” の例文
旧冬きうとうより降積ふりつもりたる雪家のむねよりも高く、春になりても家内薄暗うすくらきゆゑ、高窓たかまどうづめたる雪をほりのけてあかりをとること前にもいへるが如し。
おもしろいことには東京地方へ旅行すると、農家の大きな藁葺わらぶき屋根の高いむねにオニユリが幾株いくかぶえて花を咲かせている風情ふぜいである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
笠森かさもりのおせんだと、だれいうとなくくちからみみつたわって白壁町しろかべちょうまでくうちにゃァ、この駕籠かごむねぱなにゃ、人垣ひとがき出来できやすぜ。のうたけ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
むさゝびからぬがきツ/\といつてむねへ、やがおよ小山こやまほどあらうと気取けどられるのがむねすほどにちかづいてて、うしいた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おかには南蛮なんばん屋敷があり、唐人館とうじんかんむねがならび、わんには福州船ふくしゅうぶねやスペイン船などの影がたえない角鹿つるが(いまは敦賀つるがと書く)の町である。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これから、あなたとは永らく一つ家のむねの下に住んで貰わなければならん。遠慮はなるべく早く切り上げるようになさるがいい」
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
長さものみならざるむねに、一重の梅や八重桜、桃はまだしも、菊の花、薄荷はっかの花のも及ばぬまでこまかきを浮き彫にしてにおばか
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今では土地の名も宿の名も、まるで忘れてしまった。第一宿屋へとまったのかが問題である。むねの高い大きな家に女がたった二人いた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その他、別に養禽場ようきんじょうむねを建てた。そこにはしちめんちょう、野がん、ほろほろちょう、きじの類をとらえしだいにはなちがいにした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
いい残して明智も屋上に這上はいあがった。長いむねの上を、夕暗の空を背景にして、畸形児の白衣と明智の黒い支那服とがもつれ合って走った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
S——町のはずれを流れている川をさかのぼって、重なり合った幾箇いくつかの山裾やますそ辿たどって行くと、じきにその温泉場の白壁やむねが目についた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
道悪みちわるを七八丁飯田町いいだまち河岸かしのほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキぶきむねの低い家がある。もう雨戸が引きよせてある。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
山裾やますそに石の小さい門があって、そこから松並木が山腹までつづき、その松並木の尽きるあたりに、二むねの建物の屋根が見える。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
視野をさえぎるのは長崎屋の巨大なむね、——その下には、巨万の富を護るために抱えておくという、二人の浪人者の住んでいる離室はなれも見えます。
このむねだけ石垣を高く積み上げて、中二階のように立ててある。まだ雨戸が締めてないので、燈火ともしびの光が障子にさしている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
宮は稍羞ややはぢらひて、葉隠はがくれに咲遅れたる花の如く、夕月のすずしむねを離れたるやうに満枝は彼の前に進出すすみいでて、互に対面の礼せし後
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
村落むら人々ひと/″\つたへて田圃たんぼはやしえて、あひだ各自かくじ體力たいりよく消耗せうまうしつゝけつけるまでにはおほきなむね熱火ねつくわを四はうあふつてちた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
孟春もうしゅん四月の半ばをすぎた城下の夜半は、しんとぬばたまのやみに眠って、まこと家のむねも三寸下がらんばかりな、底気味のわるい静けさでした。
お前の死は僕を震駭しんがいさせた。病苦はあのとき家のむねをゆすぶった。お前の堪えていたもののおおきさが僕の胸を押潰おしつぶした。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
畑の中に百姓屋めいた萱屋かややの寺はあわれにさびしい、せめて母の記念の松杉が堂のむねを隠すだけにのびたらばと思う。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
客殿と住居とを一つむねの下に作ることのできた結果であり、また一つには足利あしかが時代の社会相として、主人が頻繁に臣下の家に客に来ることになって
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
玉敷たましきの都の中に、むねを並べいらかを争へる、たかいやしき人の住居すまひは、代々よよてつきせぬものなれど、これをまことかとたづぬれば、昔ありし家はまれなり。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
とある駄菓子屋だがしやの奥から出て来た古老らしい人が縁先に立って指さしてくれたのは、街道の左側の、小高い段の上に見えるむねの草屋根であった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この夜中に屋根の上へ登った道庵先生は、それでもすべり落ちもしないで、やがて屋のむねの上へスックと立ちました。
利久の納屋はあたしの家の物置と一ツむねで、二ツに仕切って使っていた。丁度庭裏の井戸のところに窓があって、井戸をはさんでの釜場かまばになっていた。
離れのその一むねは、まださっきのまま片づけてなかったとみえ、茶屋の老婆はひどくあわてて、三棟ある建物の、まん中の一と棟へ、かれらを案内した。
御後室お蓮様は、ある夜ひそかに道場を出奔して、行方不明になったものの、丹波はいまだに、その邸内の別むねに頑張って、いっかな動きそうにない。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
赤耀館の悪魔は、もう十年この方、姿を現わさない。悪魔は我が家のむねから永遠に北を指して去ったものとばかり思って、すっかり安心をしていました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さればもはや疾翔大力は、われを忘れて、十たびその実をおのがあるじのむねに運び、親子の上より落されたぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
私の母の目をおとす時は、私は家内と二人で母をていたが、母の寝ている部屋の屋根のむねで、タッタ一声ひとこえ烏がカアと鳴いた。それが夜中の三時であった。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
蠣殻町から汚い水のおどんだ堀割を新材木町の方へ渡ってゆくと、短い冬の日はもう高いむね彼方かなたに姿を隠して
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ひなたの枇杷びはの花に来る蜂の声と、お宮の杉のうへと宝蔵倉のむねにわかれて喧嘩けんくわをしてゐる烏の声のほかは何もきこえないくらゐしづかにすぎていきました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
爺屋のむねに上ってこれをくとて文句を誤り「爺々眼さ灰入れ」と連呼したので向う風が灰を吹き入れてその眼をつぶし、爺屋根より堕つるを鴈が落ると心得
士族屋敷の中での金持ちの家が一軒路いっけんみちのほとりにあった。珊瑚樹さんごじゅの垣は茂って、はっきりと中は見えないが、それでも白壁の土蔵とむねの高い家屋とはわかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そして人身御供ひとみごくうげられるものも、一切いっさいかみさまのおこころまかせで、かみさまが今年ことしはここのいえものろうとおぼしめすと、そのいえ屋根やねむね白羽しらはちます。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
一間もあろうかと思う張子はりこの筆や、畳一畳敷ほどの西瓜のつくりものなどを附け、竹ではたわまって保てなくなると、屋のむねに飾ったなどの、法外に大きなのがあった。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
むねには幾つかの空気抜きの小さな塔が並んでいた。屋根裏の窓は広く二層になって、上のは小さかった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
よいから勢いを増した風は、海獣の飢えに吠ゆるような音をたてて、庫裡くり、本堂のむねをかすめ、大地を崩さんばかりの雨は、時々砂礫すなつぶてを投げつけるように戸を叩いた。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
太いむねはりの真黒くすすけた台所とは変つて、その家には、板をしきつめた台所に、白足袋を穿いて、ぞろぞろ衣服の裾を引摺つた女が、そこで立働くやうになつた。
小諸の荒町から赤坂を下りて行きますと、右手に当って宏壮おおきな鼠色の建築物たてものは小学校です。その中の一むね建増たてましの最中で、高い足場の内には塔の形が見えるのでした。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ネコはかまどの上の、あたたかいはいのそばにまるくなり、オンドリはむね横木よこぎの上にとまりました。
二十年前にここへ移って来たころには、まだいくらも隣の家のむねを越えないくらいの高さであった。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところで、下僕を起すのには前にも申した通り、戸をくり開けて別のむねに行かねばなりません。雨のひどい此の深夜、此れだけの仕事は二人の女には非常な難事でした。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
吹所の一廓は、吹屋、打物場うちものば下鉢取場したはちとりば、吹所棟梁詰所、細工場さいくば色附場いろつけばの六むねにわかれていた。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
Kの斜め前には、まだ中央のむねにはあるのだが、向う側にある翼の棟がつながる角になっているところに、建物の入口があって、ドアもなく、開いたままになっていた。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
別れたむねのほうに部屋へやなどを持って預かり役は住むらしいが、そことこことはよほど離れている。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
自分じぶんかごつて、つなたかむねにひきあげさせて、つばめたまごむところをさぐるうちに、ふとひらたいものをつかみあてたので、うれしがつてかごおろ合圖あひずをしたところが
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
自分は家々のむねを見渡して、ほとんど倒壊家屋のないことや、その向こうに高くそびえている四連隊の煉瓦建てが崩れていないことなどから、なに、大した地震ではなかったのだ
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
劒ヶ峰の一角先づひうちを発する如く反照し、峰にれる我がひげ燃えむとす、光の先づ宿るところは、むね高き真理の精舎しやうじやにあるをおもふ、太陽なるかな、我は現世に在りてたゞ太陽をさんするのみ
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
むねから成る二階建の建物で、順吉の病室は第二病棟の階下の五号室であった。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)