きね)” の例文
ゆうべは夜ふけまで隣りのきねの音にさわがされ、今朝は暗いうちから向うの杵の音に又おどろかされると云うようなこともあるが
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おつぎは浴衣ゆかたをとつて襦袢じゆばんひとつにつて、ざるみづつていた糯米もちごめかまどはじめた。勘次かんじはだかうすきねあらうて檐端のきばゑた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
米搗こめつききねが一斉にうすの中に落ちたり上つたりするやうな具合にまでは行つてゐなかつたやうであるが、当今ではあんな風にまで発達した。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
平次はそんなことを言つて、草履ざうりを突つかけるのです。其處にはもうきね太郎も、お葉も、間が惡かつたのか、姿を隱して顏も見せません。
どすっ、どすっ……とわらを打つにぶきねの音が細民町を揺すっている。雨はそこらの牛飼の家や、紙漉かみすきの小屋を秋のように、くさらせていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きねの音でわかる。心の平なものが米を搗けば、杵の音もおだやかだ。心のいらついてゐる者が搗けば、調子が乱れてゐる。」
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
一々言立ことだてをするのや、近年まであったカチカチ団子と言う小さいきねうすいて、カチカチと拍子を取るものが現われた。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
あのガタンピシンというきねの音や、ユックリユックリ廻る万力まんりきや、前の川をどんどと威勢よく流れる水の音なんぞが、なんぼう好い心持だか。
かんかちだんごのきねの音だの、そうしたいろ/\の物音が幾年月を経たいまのわたしの耳の底にはッきりなお響いている。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
やがて蒸籠せいろといふものにれてしたおこめがやはらかくなりますとおばあさんがそれをうすなかへうつします。ぢいやはきねでもつて、それをつきはじめます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
支那人の文学的口調を以て言えば、血は流れてきねを漂わす、血が流れて四十二インチ臼砲きゅうほうが漂う、血の洪水、しかばねの山を築く。何の目的でやっているか。
大戦乱後の国際平和 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
長吉ちやうきちかく思案しあんをしなほすつもりで、をりから近所の子供を得意にする粟餅屋あはもちやぢゝがカラカラカラときねをならして来るむかうの横町よこちやうの方へととほざかつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
もとよりその女のに取って、実家さと祖父おじいさんは、当時の蘭医(昔取ったきねづかですわ、と軽い口をその時交えて、)
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きねが今のように大きくなるまでは、餅も粉にしてから搗くのが普通であり、粉も挽臼ひきうすの普及するまでは、やはり水に浸してから臼に入れて搗いていた。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ごろごろ坊主頭が鉄のうす、鉄のきねひどい鬼にたたぶされて苦しんで居るのを見たが、それでもまあ普通の坊主は地獄の中でも少しはまた楽な事がある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
一太は立ちどまって、善さんが南京袋をかついで来ては荷車に積むのや、モーターで動いているきねを眺めた。
一太と母 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
後ろを見ると、うす暗い中に、一体の金剛力士が青蓮花あおれんげを踏みながら、左手のきねを高くあげて、胸のあたりにつばくらふんをつけたまま、寂然せきぜん境内けいだいの昼を守っている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何時いつに持って来たか、きねの大きいのを出して振上げ、さくーりっと力に任せて箱諸共に打砕いたから、皿が微塵に砕けた時には、東山作左衞門は驚きました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それからまた庭に這入はいって、餅搗もちつき用のきねを撫でてみた。が、またぶらぶら流し元まで戻って来るとまないたを裏返してみたが急に彼は井戸傍いどばた釣瓶つるべの下へした。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それにしても、あのまアるいお月さまの中には、いつも兎がきねをもつて餅をいてゐる筈でしたね。
お月さまいくつ (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
真向まむかいの鍛冶かじ場で蹄鉄ていてつを鍛える音、鉄砧かなしきの上に落ちる金槌かなづちのとんちんかんな踊り、ふいごのふうふういう息使い、ひづめの焼かれるにおい、水辺にうずくまってる洗濯せんたく女のきね
かつ宗教の事につきて衆人を凌虐りょうぎゃくする国あらば、兵力をもってその事に与聞するも万国公法の許すところにして、あたかも国乱久しくまず、流血きねただよわすの日にあたり
「そのうちに、わしも、腰の痛いのがなおったら、手伝うよ。昔とったきねづかだからねえ」
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小さいきねをわざとうすへあてて、拍子ひょうしを取って餅をいている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小児科の医者、特許弁理士、もう一つ内科呼吸器科の医者、派出婦会、姓名判断の占師、遠慮深くうしろの方から細い首を出して長唄の師匠の標柱が藍色のきねの紋をつけている。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かまどの前の土間にしょんぼりうずくまりながら、だるそうに打ち落されるきねの音や、しょぼしょぼと降る雨の音や、しっとりとしめやかにきこえて来る三味線しゃみせんのしらべに聴き入りながら
と聞くと、きねをもって来た。太兵衛はそれで壁へ穴をあけると、のそのそと尻から先へ押入っていった。いかさま不思議な入り方である。太兵衛が曲者を捕えて人々に引渡した時に
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
その中に、もみが入れられ、水車の廻転によって動く三つのきねが、それをおそい速度で、ドッス、ドッスといている。たえ間なく、水の音がしている。小屋の中は、へんにかびくさい。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
例年れいねん隣家となりを頼んだもち今年ことし自家うちくので、懇意こんいな車屋夫妻がうすきね蒸籠せいろうかままで荷車にぐるまに積んで来て、悉皆すっかり舂いてくれた。となり二軒に大威張おおいばり牡丹餅ぼたもちをくばる。肥後流ひごりゅう丸餅まるもちを造る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
にわに出ていた人たちは、どうしたのかとおもって、びっくりして、うすきねのこらずほうり出して、お座敷ざしきへかけつけますと、もうその時分じぶんには、かにはのそのそして行ってしまいました。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
長さ二間半にも余るだろうか、太いけやき一本で出来た二肢ふたあしの大きなきねが置いてある。十人も掛って二肢の所を踏みつけ、杵を上げては下ろす。重ねられた温突紙がその重みの下で出来上るのである。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
厨子王はきねを置いて姉のそばに寄った。「姉えさん。どうしたのです。それはあなたが一しょに山へ来て下さるのは、わたしも嬉しいが、なぜ出し抜けに頼んだのです。なぜわたしに相談しません」
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのうちにきねの音も止んでしまった、というような趣であろうか。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
お小夜は父にかまわず、とうんとうんときねの音寂しく搗いてる。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かる/″\と上る目出度めでたし餅のきね
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ほこりのつもるうすきね
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
きねもはずみな
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
その掛け合の面白さを他所よそに、きね太郎と八五郎は暫らく座をはづしましたが、何處からかフラリと戻つて來た杵太郎は
水車も二三本きねを増して、人を雇うて働いてもらっているという話。その他、何かと近処から相談を持ち込まれて、世話をしてやっているという話。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
長吉はとにかく思案しあんをしなおすつもりで、折から近所の子供を得意にする粟餅屋あわもちやじじがカラカラカラときねをならして来る向うの横町よこちょうほうへととおざかった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
きねを持って、紺の布を、うすく仕事は、若い娘たちの仕事として、染屋の垣の内から、どこかの浜へ聞えてゆく。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人の黒いきものを着た男が張と取っ組み合っているのである。やがて組んだままで東の部屋へ転げ込んで、たがいになぐり合うこぶしの音がきねのようにきこえた。
だんだんおこめがねばつてて、おもちうすなかからうまれてます。ぢいやはちから一ぱいきねげて、それをちおろすたびに、うすなかのおもちにはおほきなあながあきました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
鉄のきねかれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸はれるやら、熊鷹に眼を食はれるやら、——その苦しみを数へ立ててゐては、到底際限がない位
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蒸氣ゆげうす勘次かんじしばらきねさきねた。きねさきねばつてはなれなくる。おつぎは米研桶こめとぎをけみづんでそれへうかべた杓子しやくしきねさき扱落こきおとしてうすなかまるかたちなほす。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
もしお腹が立つならば、早くこのできものを引っ込ませて下さいといって、毎朝一二度ずつきねのさきをそのおできに当てると、三日めには必ず治るといっておりました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
内部にはきねの音がし、小糠こぬかのにおいがこめ、男女の声がしていた。支那の戦車のような形の船であった。これらは流れの瀬の替わるにつれて、昨日はしも、明日はかみへとのぼるのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
定斎屋じょうざいやかんの音だの、飴屋のチャルメラだの、かんかちだんごのきねの音だの、そうしたいろいろの物音が、幾年月を経たいまのわたしの耳の底にはッきりなお響いている——それらの横町を思うとき
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
が、彼の屋敷内の数多い倉の一つにも一人の人柱は用ゐてはゐない。一日に何こくびょうき出す穀倉のきねうすの一つでも、何十人のなかの誰の指一本でも搗きつぶしたことがあらうか……何にもない。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
きね(キネ。)がいけふ、ひとみづよ、とのちく。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)