うら)” の例文
病女びょうじょうらめしげな、弱った吐息を吹きかけて、力なくぬぐった鏡のように、底気味の悪い、淋しいうちに、厭らしい光りを落していた。
夜の喜び (新字新仮名) / 小川未明(著)
それでも貴公は、きゃつらに何の怨みもないか! いやさ、吾々と力をあわせて、そのうらみを思い知らせてやるという気が起こらぬのか
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
又四郎はここでもういちど雪海和尚をうらめしく思い、「参」つなぎの処世訓に疑惧の念をいだいて、独りこうつぶやいたくらいであった。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
西日本三十三ヶ國の秤座の權利を失つたうらみをはらすため、家康公の御朱印を盜んで、守隨彦太郎に一と泡吹かせようとしたのです。
それ三聲みこゑめにると、くやうな、うらむやうな、呻吟うめくやうな、くるしもがくかとおも意味いみあきらかにこもつてて、あたらしくまたみゝつんざく……
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
陵の叔父(李広の次男)李敢りかんの最後はどうか。彼は父将軍のみじめな死について衛青をうらみ、自ら大将軍の邸におもむいてこれをはずかしめた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「ナーニそうなりゃアうらこいなしだ! 妾ばかりが困るのではない、華子さんだって困るのだ。諦めなければならないかもしれない」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そんなことをするとかえってよろしくない。察するのにお前は、何かあの犬にうらみを受けるようなことをした覚えがありそうじゃ」
幾多の卓越した文明の事跡は、ただ過去の巻にのみ読まれている。往く人々の首はうな垂れ、苦しみやうらみがそのまゆに現れている。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
うらめしげに児太郎を見あげると、その真赤な顔は、百万石の主君の寵愛ちょうあいをほしいままにしているだけ、わけても逆上のぼせ気味で美しかった。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「いいぢやないの。かうして先方の言ひなりにこつちはこの通り丸裸かになつてさ、この上なんのうらまれることがあるものかね!」
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
取るに足らぬ女性の嫉妬しっとから、いささかのかすり傷を受けても、彼はうらみのやいばを受けたように得意になり、たかだか二万フランの借金にも、彼は
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まる年間ねんかん小言こごとはず、うらみもはず、たゞ御返事ごへんじつてります』でめられたのだからたまらない。をとこはとう/\落城らくじやうした。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
いささうらめしそうな態度にも見えたが、しかし私はソレを彼女独特の無邪気な媚態びたいの一種と解釈していたので格別不思議に思わなかった。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
奥「あゝたれうらみましょう、わたくしは宗悦に殺されるだろうと思って居りましたが、貴方御酒をおめなさいませんと遂には家が潰れます」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
うっかりしたら、お守役もりやくわたくしまでが、あの昂奮こうふんうずなかまれて、いたずらにいたり、うらんだりすることになったかもれませぬ。
実にこの歌の通り大小となく仕事するものは、必ず何人なんぴとかにうらみを受けるものである。いわゆる人から邪魔じゃまに思われるものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
成程小野は頑固な人にちがいない、けれども私の不従順と云うことも十分であるから、始終しじゅう嫌われたのはもっと至極しごく、少しもうらむ所はない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あの人を苦しめたのであろう、聡明そうめいな人であったから、十分の理解は持っていながらも、あくまでうらみきるということはなくて
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
お前さんだって、わたしがあの地位に坐ったのをうらまないわけにはいかないでしょう。それはわたしのせいじゃないのだけれど。
いやいえないどころか、世をうらみ、運命に憤る庶民の感情は三百年間、大地にみとおる水のごとく綿々として今につづいているのである。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
吾人たとひ現時に於て骨を溝中にさらすとも百世の後、我日本の精神界、道徳界に大造たいざうあるの名を遺さば亦以てうらみなかるべし。
信仰個条なかるべからず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
別にこの縁談については中に立ったというわけでもなし、旁々かたがた下手に間に入って口をきくと、かえっ先方せんぽうからうらまれなどした事もあったので
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
「浅井さん、あなたそんなことなすっていいんですか。知れたらどうするんです。私までがあなたの奥さんにうらまれますよ。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
高鳴りひびく音が旗を巻き、くずれ散り、うらみこもる低音部の苦しみ悵快ちょうおうとした身もだえになると、その音は寝ている梶のはらわたにしみわたった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
私達は別にそれをうらめしくは思いませんが、このままで行きますと、かわいそうに、あなた方人間は一人ぽっちになってしまいますでしょう
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
私の度重なるうらみはたわいなく釈然とし、晴々として翼でも生えてひら/\とそこら中を舞ひ歩きたいほど軽い気持であつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
人をうらみ、怒り、おのれの生涯に不平不満を持つことは常住となる。けれどもそれは、それまでの仏法の教にしたがえばすべて堕獄の因である。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
それらの創口きずぐちから出るうらみの声が大連中に響き渡るほどすさまじかったので、その以後はこの一廓ひとくるわを化物屋敷と呼ぶようになった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主謀たる自分は天をもうらまず、人をもとがめない。たゞ気の毒に堪へぬのは、親戚故旧友人徒弟たるお前方まへがたである。自分はお前方に罪を謝する。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さういふしづかなひと物足ものたりない心持こゝろもちを、さびしいともかなしいともいはないで、それかといつて、ゆきのふりかゝつてゐるのをうらむでもなく
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
菅公が雷になって生前のうらみを報じたと云う怪異談のうち、時平とその一族に関係のある部分を、以下に少しく述べて見よう。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
僕のお情をなくしてしまひたいやうだ(僕は彼等との間の差異に十分氣が附いてゐる、が、それをうらんでやしない——それは當り前なのだ)
人なみ/\の心より、思へばなれはこの我を、憎きものとぞうらむらん、われも斯くこそ思ひしが、のりの庭にてなれにあひし、人のことの葉きゝけるに
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
うらみ種々樣々にかなしみつゝ何卒して夫文右衞門殿が身のあかりの立工夫を授け給へ何か無實の難をのがるゝ樣なさしめ給へと神佛を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
石川はこわくてしかたがなかったが、女がべつにうらむようなことも云わないので、やっと安心して女のするままになっていた。
唖娘 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
腹の底の奥深い所に、怨嗟えんさの情が動いておっても口にいうべき力のないはかないうらみだ。交際上の隠れた一種の悲劇である。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
何事にわずらわされるという事もないだろう。むろんこの瞬間に何を憤り誰をうらみ、また誰から怨まれるという事があり得よう。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
この頃になると、清二は長兄の行動をかれこれ、あてこすらないかわりに、じっとうらめしげに、ひとり考えこむのであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
うらむことはできるが、わたしはどうしても復讐することができない。だから、怨んでもなんにもならない。おとなしくしているほうがましだ。
たゞをとこうらんでのろひ、自分じぶんわらひ、自分じぶんあはれみ、ことひと物笑ものわらひのまととなる自分じぶんおもつては口惜くやしさにへられなかつた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
などとうらんでよこし「まあ、それはともかく、今夜あたりまたすけにだけでもお目にかかりに参りましょう」と言ってきた。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そうしたことを美佐子が自分から語らなかったのは、鮎子へのうらみがいかに深いかを示しているように私には感じられる。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
……おゝ、脊中せなかが、脊中せなかが! ほんに貴孃こなたうらめしいわいの、とほとほところ太儀たいぎ使者つかひさッしやって、如是こんぬるやうなおもひをさすとは!
私がこんなに思つて死んだ後までも、貴方が堪忍して下さらなければ、私は生替いきかはり死替しにかはりして七生しちしようまで貫一さんをうらみますよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すでにして大夫たいふ鮑氏はうしかうこくぞくこれみ、景公けいこうしんす。景公けいこう穰苴じやうしよ退しりぞく。しよやまひはつしてす。田乞でんきつ田豹でんへうこれつてかうこくうらむ。
学んで風呂のあがり場から早くも聞き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万世不朽のむなづくし鐘にござる数々のうらみを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
聞いて見りゃ一々もっともで、どうもこれ、うらみたくも怨みようがねえ……けれど、俺は理屈はなしに怨めしいんで……
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
お芳は又いつの間にか何ごともあきらめ切ったらしいお鳥の嫉妬しっとあおっていた。もっともお鳥はお芳自身には一度もうらみなどを言ったことはなかった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
アイモニエー曰く、猫往昔むかし虎に黠智かつちと躍越法を教えたがひとり糞を埋むる秘訣のみは伝えず、これをうらんで虎今に猫を嫉むとカンボジアの俗信ずと。