せは)” の例文
振返ると背面の入江は幾百の支那ジヤンクをうかべて浅黄色に曇つたのが前面のせはしげな光景とちがつて文人画の様な平静を感ぜしめる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かうもくろんだので、私は、腰掛にずつと深く腰をかけ、さも計算にせはしいふりをし、顏を隱すやうな恰好かつかう石板せきばんを抱へ込んでゐた。
かく言ふ間もせはしげに我が靴を脱ぎて、其処そこに直すと見れば、背負ひし風呂敷包の中結なかゆひを釈きて、直行が前に上掛うはがけの油紙をひろげたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
霧島躑躅きりしまつつじ じやう——常談じやうだん云つちやいけない。わたしなどはあまりせはしいものだから、今年ことしだけはつい何時いつにもない薄紫うすむらさきに咲いてしまつた。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
母は家に居るときには終日せはしく働くのにその女は決して働かない。それが童子の僕には不思議のやうに思はれたことをおぼえてゐる。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
このたびの我が旅故郷の閑古鳥かんがためとも人に云ひぬ。塵ばみたる都の若葉せはしさ限りもなき陋巷ろうかうの住居に倦み果てゝとも云ひぬ。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
……たびに、銀杏返いてふがへしくろあたまが、縦横たてよこはげしくれて、まんまるかほのふら/\とせはしくまはるのが、おほき影法師かげばうしつて、障子しやうじうつる……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「あいつとは何時にも口もきいたこともないんだ、あいつ見たいに他人の仕事に無関心な奴はない、俺のこの頃のせはしさつたらないのに!」
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
女房を迎へるひまもないやうな、せはしい遊蕩いうたう——そんな出鱈目な遊びの揚句は、世間並みな最後の幕へ押し流されて來たのです。
丑松が男女の少年の監督にせはしい間に、校長と文平の二人はの静かな廊下で話した——並んで灰色の壁に倚凭よりかゝながら話した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
他人ひとばいしてせはしい勘次かんじがだん/\にりつゝあるたわら内容ないようにしてひどをしつゝ戸口とぐち出入でいりするのを卯平うへいるのがいやかつつらかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
わしは丁度少し痛み出して來た時だもんで、何も話さずにすぐ歸つたが——けど、駿、お前これから追々とせはしなうなるぜ。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
東京に居た自分、殊に出立前三月程の間のせはしかつた自分に比べると、今の自分は餘りに暇があるので夢の樣な氣がする。
巴里にて (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
しかしそれが鳴り止むと、今度はチッキンチッキンとせはしい音が続く。逃げろ、逃げろ、とその音はかしてゐるやうだ。
童話 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
さうして養蠶やうさんせはしい四ぐわつすゑか五ぐわつはじめまでに、それを悉皆すつかりかねへて、また富士ふじ北影きたかげ燒石やけいしばかりころがつてゐる小村こむらかへつてくのださうである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
りよせはしげに明家あきやた。そしてあとからいて道翹だうげうつた。「拾得じつとくそうは、まだ當寺たうじにをられますか。」
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
知つてる人が多い方がよからう——こないだの時は餘りせはしかつたから、何とも仕やうがなかつたが、今囘は一つ歡迎會をやるつもりぢやから——それも
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
チモフエイは妙にせはしさうな様子をして、己に応接した。なんだか少し慌てゝゐるかとさへ思はれた。先づ小さい書斎に己を連れ込んで、戸を締めてしまつた。
どこか女におくするやうな様子で、町に明りのつく時分ひとりで上つて来たが、せはしいときなどは、朝客を帰してから部屋へいれて、一緒に飯を食べることもあつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
そんな話が子供達の間に交されると、皆がせはしさうな手を休めて、瞳を話の中心点に集めるのでした。
女王 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
あめはます/\小降こぶりになつて、そしてかぜた。つゆせはしくおとされる。(をはり)
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
初めわれは席に入りしとき、痩せたる小男の眼鏡懸けたるが、せはしげに此間に出入するを見たり。この男わが窓龕にかくれしを見て、我前に立ち留まり、慇懃いんぎんなる禮をなせり。
夕暮はもう驚くばかり短くなつてゐる。オシイツク/\の聲は日にまし騷がしくせはしなく、あたりが全く暗くなつてしまふまで、後から後からと追ひかけるやうに鳴きつゞけてゐる。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
巣掻すがいた蚕がさわぎ立ってゐるので、志津はおときと二人で目が廻る程せはしなく動きつづけた。廂の軒で条桑育にした蚕には、栗の木の枝を刈って来て、それにとまらせてはたいた。
夏蚕時 (新字旧仮名) / 金田千鶴(著)
この一句に老女は端なくも奥様と顔見合はせて胸轟かせつつ、せはしく子供に向ひ
磯馴松 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
高野の別所に在る由の菩提の友をとぶらはんとて飄然として立出で玉ひぬ、其後の事は知るよし無し、燕のせはしく飛ぶ、兎の自ら剥ぐ、親は皆自ら苦む習なれば子を思はざる人のあらんや
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
隣室りんしつには、Aの夫人ふじん、Cの母堂ぼだうわかいTの夫人ふじんあつまつてゐた。病室びやうしつはうでのせはしさうな醫員いゐん看護婦かんごふ動作どうさしろふくすれおと、それらは一々病人びやうにん容態ようたいのたゞならぬことを、隣室りんしつつたへた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
此處こヽなみだくしてかたあかせば、ゆめとやはんはるあげがたちかく、とりがねそらきこえてさてせはしなし、きみみやこれは鎌倉かまくらに、ひきはなれてまた何時いつかはふべき、定離ぢやうりためしを此處こヽれば
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
└刈小田に落穂掻き掻く雀いくつうしろ向けるは尻尾上げてせはし (改作)
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
然し楽屋のやうな所でせはしなく会ふ事は、余り好ましい事ではなかつた。
吉右衛門の第一印象 (新字旧仮名) / 小宮豊隆(著)
せはしい手付きで、小ひさな柿を一つ取つて、袂へ入れると、次ぎにはまたどれを取らうかと、手がまごつき始めた。左の手にシツカリと枝を握つて、右の手では、近まはりの柿の實を撫で𢌞した。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
風が来ると、すすきの穂は細い沢山の手を一ぱいのばして、せはしく振って
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
やはり艶のいゝ生き/\した頬をして、娘の時のやうにありあまるやうな黒髮を手輕な銀杏返しに結つて、白い兩腕をせはしく動かしながら、赤ん坊の着物を縫つたり、おむつをかへたりなどしてゐた。
(旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
一人はその声が叫ぶやうであつて鋭いと云ふのも当らないかも知れないと云つてゐた。跡の二人はせはしく不整調に饒舌しやべつたと云つてゐる。どの証人も言語や言語らしい音調を聞き分けたものがない。
彼れは解剖後の研究に必要な用意をするためにせはしかつた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
実際以上にせはしさうな風をしてゐるのである。
花問答 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
いきのこの世のせはしさよ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
聞て夫は忝けないが生憎あひにく今日は少々差掛さしかゝりたる用事のあるゆゑ何れ又此後のことに致すべしと申しけるに辨慶は打笑うちわらひコウ/\文さん其樣にかせぐには及ぶまじ今よりもらひに出るにはおそし是非々々來なせへとせはしなく云ひければ文右衞門いやわたしは今から稻葉丹後守樣の御屋敷まで參らねばならぬ用事があると云に辨慶はなほ門口かどぐち
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
十二時に近き頃より波の起伏おきふしのせはしくおどろしくなり申しさふらひしか、食事に参るとて安達夫人私の手をとりて甲板かふばんをおおろし下されさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
風呂場にれば、一箇ひとりの客まづ在りて、燈点ひともさぬ微黯うすくらがり湯槽ゆぶねひたりけるが、何様人のきたるにおどろけるとおぼしく、はなはせはしげに身を起しつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
野郎やらうこんなせはしいときころがりみやがつてくたばるつもりでもあんべえ」と卯平うへい平生へいぜいになくんなことをいつた。勘次かんじあとひといた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼女は、もうとつくにその大事なものを持つて、とある長椅子ながいすの方へ引込んで。蓋を留めてある紐をとくのにせはしかつた。
「この天気が続いてゐる間を見て、現状視察に行つて来なければならないんだが、A君の奴せはしいと見えるな?」
円卓子での話 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
せはしく香をくべて、かねを叩くのは彌助。新佛にひぼとけの前にあかりゆらいで、夜の鳥が雜司ヶ谷の空をいて過ぎます。
盆には、どこの家でも前の日から仕事を休んで、何かかにかせはしげであつた。駿介の家は一向宗で、佛壇に花や供物を飾る以外、仰々しいことはべつになかつた。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
宗助そうすけおとうと夕方ゆふがたになつたら、ちと洋燈らんぷけるとか、てるとかして、せはしいあね手傳てつだひでもしたらからうと注意ちゆういしたかつたが、昨今さくこんうつつたばかりのものに
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
せはしうもございませうが、お通りすがりの節は、ちと御立ち寄りを。手前も亦、お邪魔に上ります。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「いゝえ。少し伺ひたい事があるのでございますが、おせはしい処へ申していかゞかと存じまして。」
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
土間どまはしめつて、鍛冶屋かぢや驟雨ゆふだち豆府屋とうふや煤拂すゝはきをするやうな、せはしくくらく、わびしいのもすくなくない。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つれは市村弁護士一人。もつとも弁護士は有権者を訪問する為にせはしいので、旅舎やどやで別れて、蓮太郎ばかり斯の姫子沢へ丑松を尋ねにやつて来た。都合あつて演説会は催さない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)