すで)” の例文
行クニノゾンデ、継イデ見ンコトヲ約シ、ソノ館舎ヲヘバ、豊陽館ナリトイフ。翌日往イテ之ヲ訪ヘバ、則チすでニ行ケリ矣。…………
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
断崖を見れば吹き落ち吹き落ちする濃霧が、すでに其の九分以上を埋了して、わずかに見える頂すら、もう直ぐに隠れてしまおうとしている。
女子霧ヶ峰登山記 (新字新仮名) / 島木赤彦(著)
しかもすでにかたき討をしてしまった者に対しては別にとがめるようなこともなかったから、やはりかたき討は絶えなかったのである。
かたき討雑感 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
な会はざるにあらざるべし、作者の彼を写して粋癖をあらはすや、すでに恋愛と呼べる不粋者を度外視してかゝれるを知らざる可からず。
八時今市いまいち発の汽車に乗らぬと、今晩中に日光へくことは出来ぬ。一体いったい、塩原から日光へひと跳びというのがすでに人間わざではない。
サア、どうぞこの処をく御考え下さいまし。否もう御熟考の時はすでに過ぎ去っております。——私どもは決心せねばなりませぬ。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
一度ありたりとて自らすでに大悟徹底したるが如く思はば、野狐禅やこぜんちて五百生ごひゃくしょうの間輪廻りんねを免れざるべし。こころざしだいにすべき事なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
秦王しんわうのちこれい、ひとをしてこれゆるさしむれば、すでせり。申子しんし韓子かんしみなしよあらはし後世こうせいつたふ、(一二一)學者がくしやおほり。
青幇の組織する人物に就てはすでに役人と游民とに就て記したが尚茲に差勇と称する者が居る。差勇は兵勇差役で、兵隊と人夫とである。
前の車もすでに発車した。だが、これはどうしたことだ。確かにその車に乗った筈の幽霊男が、町を横切って走っているではないか。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しこうして彼らを送りし船は、すでに去りて浩蕩こうとうの濤にとりこにせられ水烟渺漫びょうまんうちに在り、腰刀、行李こうりまたその中に在りて行く所を知らず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
今茲に喋々てふ/\する事殊に無益むえきべんたれど前にもすでのべたるが如く此小西屋の裁判は忠相ぬし最初さいしよさばきにして是より漸次しだいに其名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私が馳けつけた時には、もうすでにこときれていて手の下しようもなかった。妹は冷静な女で、決して自殺するような弱い女ではありません。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
我その魚沼郡の塩沢しほさはうまれ、毎年十月のころより翌年よくとしの三四月のころまで雪をみるすでに六十余年、近日このごろ雪譜せつふを作るも雪に籠居こもりをるのすさみなり。
四邊すでに暗く、山樹、溪流また明かに辨ずる能はざらんとする今の時に當りて、當面夕日の餘光のかすかに殘れる空の上遙かに
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
翌る朝おくみが一人四畳で目をくと、婆やはすでにいつの間にか起きて、板の間でこそ/\と仄暗ほのぐらい水使ひの音をさせてゐた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
しかし更に深く進まんとする時、すでに得た所の者と衝突を起し、ここにまた意識的となる、意識はいつもかくの如き衝突より生ずるのである。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
四方よも波風なみかぜしづかにして、世はさかりとこそは見ゆれども、入道相國が多年の非道によりて、天下の望みすでに離れ、敗亡の機はや熟してぞ見えし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「酒どころかよ、兄貴が死んだンだ、本当に」と来た時からすでに真赤な顔して居た辰爺さん——勘さんの弟——が怒鳴る。皆がドッと笑う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
老人、言下ニオイテ大悟シ、作礼シテイウ、ソレガシすでニ野狐ノ身ヲ脱ス。山後ニ在住セン。敢エテ和尚ニ告ゲ、乞ウ、亡僧ノ事例ニヨレト。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
せり上げの間はすでに柱に歌を書きをはり、立身たちみにてやや下手に向き、墨斗やたての紐を巻き居る体なり。笠は水盤によせかけあり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
さるに妾不幸にして、いひ甲斐がいなくも病に打ちし、すでに絶えなん玉の緒を、からつなぎて漸くに、今この児は産み落せしか。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
一径いっけいたがい紆直うちょくし、茅棘ぼうきょくまたすでしげし、という句がありまするから、曲がりくねった細径ほそみちかやいばらを分けて、むぐり込むのです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかすで監獄かんごくだとか、瘋癲病院ふうてんびやうゐんだとかの存在そんざいする以上いじやうは、たれ其中そのうちはひつてゐねばなりません、貴方あなたでなければ、わたくし、でなければ、ほかものが。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
或日周禎は嗣子周策を連れて渋江氏をい、束脩そくしゅうを納めて周策を保の門人とせんことを請うた。周策はすでに二十九歳、保はわずかに十七歳である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
年はすでに三十歳になりますが、まだいえをなすわけにも行かないので、今だにぐずぐずと父が屋敷の一室に閉居しております。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昭和せうわ年度ねんど豫算よさんおいても府縣ふけんではすでに七千萬圓まんゑん節減せつげんおこなつたのであるが、市町村しちやうそんぶんかり昭和せうわ年度ねんど豫算よさんほゞ同額どうがく整理節約せいりせつやくれば
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
私はすぐ悟ったが、我々の間にはすでに悲しむべき厚い障壁が出来てしまっているのであった。私も何も話し出さなかった。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
芸術家でさえすでに用意しているのだから、大阪の金持ちの懐中にはこの袋が最早行き渡っているのではないかと思われる。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
山岸さんに教えられて、やがて立派な詩集を出し、世の達識の士の推頌すいしょうを得ている若い詩人がすでに二、三人あるようだ。
散華 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すでにその瞬間、僕は鋭い叫び声をきいたのみで、偉大なる博士の姿は蹴飛ばされた扉の向う側に見失っていた。僕はびっくりして追跡したのである。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
食事時に鶯がくという全体の趣向からいっても、すでに元禄にこの句がある以上、蕪村の手柄はやや少いわけである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ついに大夫の命婦としてこれに報いるということになったので、府君が本司にくだして、今すでに之を福籍ふくせきあらわした
富貴発跡司志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しん石崇せきそうあざな季倫きりんふ。季倫きりんちゝ石苞せきはうくらゐすで司徒しとにして、せんとするとき遺産ゐさんわかちて諸子しよしあたふ。たゞ石崇せきそうには一物いちもつをのこさずしてふ。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
第三学年にもこの講義の稿を続くべかりしを種々の事情にさえぎられて果さず、すでに講述せる部分の意に満たぬ所、足らざる所を書き直さんとしてまた果さず
『文学論』序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
朝少し早く出かけて、茅舎ほうしゃ林園の、尚紫色むらさき濛気もやに包まれてる、清い世界を見ながら、田圃道を歩く心地の好いこと、それだけでも、獲物はすでに十分なのです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
あいちやんが紅鶴べにづるとらへてかへつたときには、すでたゝかひがへてて、二ひき針鼠はりねずみ姿すがたえませんでした
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
たまたまこの事を述べてもとかく誤解を来しがちであるために遠慮をしておった位な事であるが、吾輩の所信はすでに数多き著書のうちにあちらこちらに漏らしてある。
平民道 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
処が、延喜式などを見ると、すでに変な所が見える。天皇が、神に対して、非常に丁寧である。天皇が、祝詞を下されるといふ考へが、変化して来てゐるのである。
呪詞及び祝詞 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
ひ難くして今遇ふことを得たり、聞き難くしてすでに聞くことを得たり。」(教行信証きょうぎょうしんしょう)といった邂逅の歓喜は、苦悩の長い漂泊なくては得られないであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ブルジョワさえこれと同じことをすでにやってるんだ。工場主たちは「三々会」だとか、「水曜会」だとか、そんな名称でチャンとお互の連絡と結束を計ってるんだ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
十六章二十二節は「数年過ぎ去らば我は還らぬ旅路に往くべし」と言うた。そして十七章一節は言う「わがいきすでに腐り、わが日すでに尽きなんとし、墓われを待つ」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
臨死みまからむとする時、長歎息して曰く、伝へ聞く仮合けがふの身滅び易く、泡沫はうまつの命とどめ難し。所以ゆゑに千聖すでに去り、百賢留らず、況して凡愚のいやしき者、何ぞもく逃避せむ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
北村透谷君の事に就ては、これまでに折がある毎に少しずつ自分の意見を発表してあるから、私の見た北村君というものの大体の輪廓は、すでに世に紹介した積りである。
北村透谷の短き一生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
技やよしあしの何は問はず、黒人は存外まづいものなり、下手なものなり、いやでも黒人となりて、其処そこに衣食するに及べば、すでに早く一生の相場は定まれるものなり。
青眼白頭 (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
烟にまかれて死ぬのは、不完全燃焼で出来る一酸化炭素を、肺に吸込んで其中毒で死ぬので、すで呼吸いきの無い屍体を、烟や火の中に抛り込んでも、此中毒は起しません。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
名を求めぬどころか、蘭学書生と云えば世間に悪く云われるばかりで、すですでに焼けになって居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
玩具及び人形は単に一時の娯楽品や、好奇心を満足せしむるをってやむものでない事は、人類最古の文明国たりし埃及エジプト時代にすでに見事なものが存在したのでも知られる。
土俗玩具の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
が彼の言葉を言い切るまでにすでに彼の頭の何処かで、彼の此の考察を引き留めるものがあった。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
瀕死ひんしの女と、すでに死んでしまった男との魂が、その瞬間にも合致していたかいなかったか、それすらももう片方の者がなくなってしまった上は、たしかめる事さえ出来はしない。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)