夜寒よさむ)” の例文
ついてはなしがある。(さるどのの夜寒よさむひゆくうさぎかな)で、水上みなかみさんも、わたしも、場所ばしよはちがふが、兩方りやうはうとも交代夜番かうたいよばんのせこにてゐる。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ゆうべ一しょに泊るはず小金こがね奉行が病気びきをしたので、寂しい夜寒よさむを一人でしのいだのである。そばには骨の太い、がっしりした行燈あんどうがある。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たとへば小さき花の夜寒よさむにうなだれ凋めるが日のこれを白むるころ悉くおきかへりてその莖の上にひらく如く 一二七—一二九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
くちごもって、お綱は、フイと心に何ものかをえがく様子である——打出うちでヶ浜の夜寒よさむから、月夜の風邪かぜはいっそう根深いものとなったらしい。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
趣味として夜寒よさむの粥を感ずる能力を持たない彼は、秋のよいの冷たさを対照に置く薄粥うすがゆの暖かさを普通の俳人以上に珍重してすする事ができた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
梢をわたる風の音遠く聞こゆ、ああこれ武蔵野の林より林をわたる冬の夜寒よさむこがらしなるかな。雪どけの滴声軒をめぐる
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かれらは夜寒よさむを凌ぐために焚き火をして、その煙りに窒息したのではないかともおもわれたが、ふたりは松葉などを燃やした覚えはないと云い張っていた。
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのうちだんだんけるにしたがって、たださえあばらのことですから、そとつめたいかぜ遠慮えんりょなく方々ほうぼうからはいんで、しんしんと夜寒よさむにしみます。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
従って昼のほてりのまださめやらぬような陽気の年もあれば、けて夜寒よさむの気が身にみるような年もある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
九月下旬の夜寒よさむの風にふるえながら、往還おうかんの人の眼におびえながら、勝ち誇った関東方の軍勢や落ち行く敗兵の群がる街道を、幾日かかゝって上ったのであろう。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたしは夜寒よさむの裏通りに、あかあかと障子へ火のうつつた、或家の玄関を知つてゐる。玄関を、——が、その蝦夷松えぞまつ格子戸かうしどの中へは一遍いつぺんも足を入れたことはない。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
声が形となり、形が声となり、それから一緒にもつれ合う姿を葉子は目で聞いたり耳で見たりしていた。なんのために夜寒よさむを甲板に出て来たか葉子は忘れていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
桂川の水音かすかに聞えて、秋の夜寒よさむに立つ鳥もなき眞夜中頃まよなかごろ、往生院の門下に蟲と共に泣き暮らしたる横笛、哀れや、紅花緑葉の衣裳、涙と露にしぼるばかりになりて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「御前様、蜜柑をとの御意ださうに承はりましたが、この頃の夜寒よさむ如何いかがで御座りませうな。」
一、長閑のどかあたたかうららか日永ひながおぼろは春季と定め、短夜みじかよすずしあつしは夏季と定め、ひややかすさまじ朝寒あささむ夜寒よさむ坐寒そぞろさむ漸寒ややさむ肌寒はださむしむ夜長よながは秋季と定め、さむし、つめたしは冬季と定む。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ナンシイ市を過ぎて仏蘭西フランスの国境を離れた汽車の中で二人は初秋はつあき夜寒よさむを詫びた。自分は三等室の冷たい板の腰掛の上で良人をつとの膝を枕に足をかゞめてからうじて横に成つて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しばらく佇んで見守っていたが、屋台のあるじが夜寒よさむの不景気を歎くように、悲しく細ぼそと夜啼よなきそばの叫び声を呼びつづけているばかりで、ついにひとりも客は這入らなかった。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
はるかなるひと旅路たびぢの果てにして壱岐いき夜寒よさむ曾良そらは死にけり
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
この夜寒よさむとどと襲へば戸はあけて眼をこすりをらす我なり将軍
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
荒れはてし壁のくづれの柱根はしらねにおなじ夜寒よさむのこほろぎの啼く
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
日ごとにつのる夜寒よさむをしのぐことができなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
足さすり手さすりぬる夜寒よさむかな
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
とほみちも夜寒よさむになりぬ川向かはむか
荷風翁の発句 (旧字旧仮名) / 伊庭心猿(著)
つれなき風、からき夜寒よさむ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
さて、つまみ、ちがへ、そろへ、たばねと、大根だいこのうろきのつゆ次第しだいしげきにつけて、朝寒あさざむ夕寒ゆふざむ、やゝさむ肌寒はだざむ夜寒よさむとなる。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
秋の夜寒よさむも近づいたとはいいながら、綾の小袖を三枚もかさねて、錦の敷蒲団の上に坐っている四十あまりの大男は、館のあるじの高武蔵守師直であった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なおの事夢らしくよそおっている肌寒はださむ夜寒よさむ闇暗くらやみ、——すべて朦朧もうろうたる事実から受けるこの感じは、自分がここまで運んで来た宿命の象徴じゃないだろうか。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうちに一名がふと、聞き耳をてて、遠心的な眼をうつつにした。誰も彼も急に口をつぐんで夜寒よさむの壁を見まわした。どこかで嬰児あかごの泣き声が遠くしていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜寒よさむの細い往来わうらい爪先上つまさきあがりにあがつてくと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門には電灯がともつてゐるが、柱に掲げた標札の如きは、ほとん有無うむさへも判然しない。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この詩人の身うちには年わかき血あたたかくめぐりて、冬の夜寒よさむも物の数ならず、何事も楽しくかつ悲しく、悲しくかつ楽し、自ら詩作り、自ら歌い、自ら泣きて楽しめり。
(新字新仮名) / 国木田独歩(著)
着飾きかざった芸者たちがみがき上げた顔をびりびりするような夜寒よさむに惜しげもなく伝法でんぽうにさらして、さすがに寒気かんきに足を早めながら、ばれた所に繰り出して行くその様子が
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
河内かわち和泉いずみ、あの辺の田舎いなかから年期奉公ぼうこうに来ている丁稚でっちや下女が多いが、冬の夜寒よさむに、表の戸をめて、そう云う奉公人共ほうこうにんどもが家族の者たちと火鉢ひばちのぐるりに団居まどいしながらこの唄をうたって遊ぶ情景は
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
手を当ててまたほてるなき鉄瓶の胴はじきつつすべな夜寒よさむ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
はやり風はげしくなりし長崎の夜寒よさむをわが子に行かしめず
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
宇治川のほとりの宿の夜寒よさむかな
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
櫛巻くしまきの髪に柔かなつやを見せて、せなに、ごつ/\した矢張やっぱ鬱金うこんの裏のついた、古い胴服ちゃんちゃんこを着て、身に夜寒よさむしのいで居たが、其の美人の身にいたれば
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
綿入れの節句もあしたに迫って、その夜寒よさむをよび出すようながんの声が御船蔵おふなぐらの屋根のあたりで遠くきこえた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夜寒よさむの細い往来わうらい爪先上つまさきあがりにあがつてくと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門には電燈がともつてゐるが、柱にかかげた標札へうさつの如きは、ほとん有無うむさへも判然しない。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それに殿でんノ法印良忠が、宮のわきにしていた。人払いした客殿の灯の外は、夜寒よさむの虫声だけだった。
彼らが長火鉢ながひばちの前で差向いにすわり合う夜寒よさむの宵などには、健三によくこんな質問を掛けた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
火鉢ひばちの火はいつか灰になって、夜寒よさむがひそやかに三人の姉妹にはいよっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
眼にとめて月のをさなさいふこゑはまかる人らしかど夜寒よさむ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
停車場に夜寒よさむの子守旅の我
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その真上まうえには電灯が煌々くわうくわうと光を放つてゐる。かたはらには瀬戸火鉢せとひばちの鉄瓶が虫の啼くやうにたぎつてゐる。もし夜寒よさむが甚しければ、少し離れた瓦斯煖炉ガスだんろにも赤々と火が動いてゐる。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
『——遠路、事多い中を、よう訪ねてもった。これは、徒然つれづれにわが身がうたもの、そなたは、いとど寒がり性であるそうな、夜寒よさむをふせぎ、よう身をいとうて下され』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はへいたことはふまでもなからう。ねずみがそんなに跋扈ばつこしては、夜寒よさむ破襖やぶれぶすまうしよう。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
九月の末でも、ここらでは火鉢を引寄せたいくらいの夜寒よさむが人に迫ってくるように感じられました。横田君は一と息ついて、さらにその龍馬の池の秘密を説きはじめました。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
奥さんはそういいながら、先刻さっき出した西洋菓子の残りを、紙に包んで私の手に持たせた。私はそれをたもとへ入れて、人通りの少ない夜寒よさむ小路こうじを曲折してにぎやかな町の方へ急いだ。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
てもこりと居るは畳目のけばをかひろふ夜寒よさむあかり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その真上まうへには電燈が煌々くわうくわうと光を放つてゐる。かたはらには瀬戸火鉢せとひばちの鉄瓶が虫のくやうにたぎつてゐる。もし夜寒よさむが甚しければ、少し離れた瓦斯煖炉ガスだんろにも赤々と火が動いてゐる。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)