一目ひとめ)” の例文
それでどんなあらえびすでも、虎狼とらおおかみのような猛獣もうじゅうでも、田村麻呂たむらまろ一目ひとめにらまれると、たちまち一縮ひとちぢみにちぢみあがるというほどでした。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それらの人々も、通路にもがいている、異様な怪物を一目ひとめみると、やっぱり、まっさおになって、そこに立ちすくんでしまいました。
鉄塔の怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
装飾のない室の外は葭簀よしず日避ひよけをした外縁ヴエランダになつてゐて、広々した海湾の景色は寝台の上によこたはりながら一目ひとめ見晴みはらすことが出来る。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
縛られているのもある、一目ひとめ見たが、それだけで、遠くの方は、小さくなって、かすかになって、ただ顔ばかり谷間たにま白百合しろゆりの咲いたよう。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の眼は彼の室の中を一目ひとめ見るやいなや、あたかも硝子ガラスで作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立ぼうだちにすくみました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分じぶんもどうかして、このかごのなかからげてて、せめて一目ひとめなりとも、なかのさまざまな景色けしきたいものだとおもいました。
めくら星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私なども日本では其断片しか見なかつた浮世絵を、初めて白耳義アンヹルの博物館で各流派に亘つて一目ひとめに知ることが出来たやうな次第である。
隣の家 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
としころ廿六七、まゆうるはしい口元くちもとやさしい丁度ちやうど天女てんによやう美人びじんわたくし一目ひとめて、この夫人ふじんその容姿すがたごとく、こゝろうるはしく、にも高貴けだか婦人ふじんおもつた。
この若い男は振り返って馬車を一目ひとめながめたが、風で吹っ飛ばされそうになった無縁帽カルツーズを片手でおさえると、そのまま志す方へすたすたと歩きだした。
ところ其處そこると、をとこすぎしばられてゐる、——をんなはそれを一目ひとめるなり、何時いつふところからしてゐたか、きらりと小刀さすがきました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ちょっと一目ひとめのぞいてみる機会をのがすのは大変つらいことでしょう! 僕はパンドーラが、おもちゃなんかをあてにしていたかどうかは知りません。
その顔を一目ひとめ御覧になったらすぐおわかりになります。わたしは今まで意地いじからも定子はわたし一人ひとりの子でわたし一人のものとするつもりでいました。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いまガチョウと話をしているこのガンが、たいへん年とっていることは、一目ひとめでわかります。はねはすっかり白っぽい灰色はいいろで、黒いすじ一つ見えません。
内新好ないしんかうが『一目ひとめ土堤づゝみ』に穿ゑぐりしつう仕込じこみおん作者さくしや様方さまがた一連いちれんを云ふなれば、其職分しよくぶんさらおもくしてたふときは扇子せんす前額ひたひきたへる幇間だいこならんや。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
※等あねらふこといたつくれえどんなことされつかわかんねえから」勘次かんじ自棄やけ蕎麥そばからちつけ/\しつゝいつた。かれさうして一目ひとめもおつたをなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「なに造作ぞうさもないことです」と悪魔の子は言いました。「あなたの馬は実に立派で、まっ黒な毛並みがつやつやしてるから、私は一目ひとめで好きになってしまいました。 ...
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
右の武士は、慣れた人と見えて、一目ひとめ猿をにらみつけると、猿は怖れをなして、なお高い所から、しきりに擬勢ぎせいを示すのを、取合わず峠の前後を見廻して人待ち顔です。
二人ふたり同時どうじりよ一目ひとめた。それから二人ふたりかほ見合みあはせてはらそこからげてるやうな笑聲わらひごゑしたかとおもふと、一しよにがつて、くりやしてげた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
と、いています。それは、一目ひとめるだけでさむさにふるあがってしまいそうな様子ようすでした。はいるものみんな、なにもかも、子家鴨こあひるにとってはかなしいおもいをすばかりです。
一目ひとめも眠らないのは毎度のことだが、又この通りに勉強しても、人間世界は壁に耳ありもあり、すでに人に悟られて今にも原書を返せとか何とかいって来はしないだろうか
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なお、「あしひきの山鳥の尾の一峰ひとを越え一目ひとめ見し児に恋ふべきものか」(同・二六九四)の如き一首ともなっている。「一峰ひとを」と続き山を越えて来た趣になっている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ひとともにわからぬところなにゆゑかさぐりたく、なんともして其女そのをんな一目ひとめたし、いなたしではてくれん、かぶもの滅金めつきをも、秘佛ひぶつとなへて御戸帳みとちやうおくぶかにしんさするならひ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私がここへ駈け込む途中の森でも、小鳥がピイチク啼いて居りました。夜にさえずる小鳥は、めずらしい。私は子供のような好奇心でもって、その小鳥の正体を一目ひとめ見たいと思いました。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
何だか知らぬが大層な骨折から出来ているものであることは一目ひとめに明らかであった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
先生が、「あれは山ではない、丘だ」と定義をしたことがあるくらいで、この山は決して高い山ではなかったが、それでも位置がいいので頂上に登ると、芙江ふこうが眼の下に一目ひとめに見える。
じいさんは息子むすこさんに、まちまでつれていってかね一目ひとめあわせてくれ、とたのんだが、息子むすこさんは、仕事しごとをしなきゃならないからもうごめんだ、といって、おじいさんののった乳母車うばぐるまをおして
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ですけど、また考えようによっては、それが当然の経路なのです。最初救護所で、鵜飼邦太郎の顔を一目ひとめ見た——その時から、貴方はその中へ溶け込んでおしまいになったのですからね。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
町「はい、うも致し方がございません、一目ひとめ……えゝ、もう止しましょうよ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
されば僧坊に入りてより未だ幾日も過ぎざるに、苦行難業に色黒み、骨立ち、一目ひとめにては十題判斷の老登科らうとくわとも見えつべし。あはれ、厚塗あつぬりの立烏帽子に鬢を撫上なであげし昔の姿、今安いづくにある。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
ロミオが自害じがいでもなされたか? これ、あいってや、そのあいといふ一言ひとことが、たゞ一目ひとめひところ毒龍コカトリスにもまして、おそろしい憂目うきめする。其樣そのやう羽目はめとならば、わし最早もう駄目だめぢゃ。
私は玩具おもちゃすきです、幾歳いくつになっても稚気ちきを脱しないせいかも知れませんが、今でも玩具屋の前を真直まっすぐには通り切れません、ともかくも立停って一目ひとめずらりと見渡さなければ気が済まない位です。
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
助六すけろく」の狂言の時などは、この二階桟敷の頭の上と、下の桟敷の頭の上に、花のれんがさがり、提灯ちょうちんがつるされるので、劇場内は、ぐるりと一目ひとめに、舞台の場面とおなじ調子をつくりだすので
ほとんど出来ぬ一目ひとめがこれだ。そのくせ捉え得て見れば
男優A この坊つちやんを一目ひとめ見ればわかります。
職業(教訓劇) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
一目ひとめだけで、結構なのですが、……」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
美女 最後に一目ひとめ故郷ふるさとの浦の近い峰に、月を見たと思いました。それぎり、底へ引くように船が沈んで、私は波に落ちたのです。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
王子おうじ宇治うじ柴舟しばぶねのしばし目を流すべき島山しまやまもなく護国寺ごこくじ吉野よしのに似て一目ひとめ千本の雪のあけぼの思ひやらるゝにやここながれなくて口惜くちおし。
私はかごを抜け出した小鳥の心をもって、広い天地を一目ひとめに見渡しながら、自由に羽搏はばたきをした。私はすぐ先生のうちへ行った。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どうか一目ひとめあなたの姿すがたたいものだといっていましたが、かわいそうに、二日ふつかばかりまえにさびしくってしまいました。
いろいろな花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この京都きょうとまち一目ひとめ見晴みはらすたかい山の上のおはかめられている人は、坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろというむかし名高なだか将軍しょうぐんです。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ユースタスは子供達をそこへ連れて行って、彼等に、四方を眺めて、われわれの住む美しい世界がどんなに広く一目ひとめで見渡せるか、まあ見るがいいと言った。
(ここでは封書の外の小包だとか書籍類などは、書生が荷造りを解いて主人の所へ差出す習慣だった)だが、一目ひとめ中の品物を見ると、山木は青くなってしまった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
先刻せんこく一目ひとめ誰人たれかにるとおもつたのはそのはづよ、たれあらう、この艦長かんちやうこそ、春枝夫人はるえふじん令兄れいけい日出雄少年ひでをせうねん叔父君おぢぎみなる松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさであつたのかと。
だから、ここには、植物にしても、せいぜい、ネズとか、エゾマツとか、コケとか、ヒースぐらいのものしかえないだろうということは、一目ひとめでわかったほどさ。
この物理の教官室は二階の隅に当っているため、体操器械のあるグラウンドや、グラウンドの向うの並松なみまつや、そのまた向うの赤煉瓦あかれんがの建物を一目ひとめに見渡すのも容易だった。
寒さ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
時々書斎の入口まで来て、今宇津木をはたしたとか、今奥庭おくにはに積み上げた家財に火を掛けたとか、知らせるものがあるが、其度毎そのたびごとに平八郎はただ一目ひとめそつちを見るだけである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ところが、一目ひとめ見ると、皆はあっと口の中で叫んだまま、おどろいて立ち止まりました。
影法師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
振仰ふりさけて若月みかづきれば一目ひとめひと眉引まよびきおもほゆるかも 〔巻六・九九四〕 大伴家持
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
二箇月前、あれを、一目ひとめ見たばかりに、それ以来わしは不幸つづきなのだ。王さまは、わしに見られた事に気附いて、それからわしを失脚させようと鵜の目、鷹の目になられたのです。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしてしいられるままに、ケーベル博士からののしられたヴァイオリンの一手もかなでたりした。木部の全霊はただ一目ひとめでこの美しい才気のみなぎりあふれた葉子の容姿に吸い込まれてしまった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)