はぐき)” の例文
こんな文句を毎日眼の前におきながら、弁当をぱくついてゐた雪堂といふ百人頭は性来うまれつきはぐきつよい、胃の腑の素敵に丈夫な男だつたらしい。
笑うと出っ歯のはぐきの露出するのも気になったが、お品が悪くはないながらに口の利き方や気分に、どこか肥料こやしくさいようなところがあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の道伴れは、本を手にとり、真中ごろを開き、表紙を見なおし、彼女の善良な、上気した、はぐきの出る笑を笑った。その顔を見て、私はもっと笑う。
シナーニ書店のベンチ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
狭山は壊血病にかかり、はぐきは紫色に腫れ、皮膚は出血斑で蔽われている。髪の毛はすっかり脱け落ちて、わずかに残った眉毛の毛根が血膿をためていた。
海豹島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
三坪程の木小屋に古畳ふるだたみを敷いて、眼の少し下ってあぶらぎったおかみは、例の如くだらしなく胸を開けはだけ、おはぐろのげた歯を桃色のはぐきまで見せて
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
肉の落ちたはぐきのあたりには、それでも幾種かの高山植物がわずかに培われてはいるが、堅い硬い岩骨は恐らくは遠い未来まで、その悲痛な最期を語るにも似た凄惨な光と色とを失わないで
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
といって彼は歯のないはぐきを見せて笑った。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
「君に覚えが無くても、僕の方には覚えがあるんだからね。」と児玉氏は卓子テーブルなかに馬のやうにはぐきをむいで見せた。
ただ笑うと上唇の両端が変に持ち上って、歯なみよい細かい前歯とはぐきとがヒーンとすっかり見えた。その小さい口は性格的で、朝子にいい感じを与えなかった。
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
うまかったそうです、と武太さんは紅いはぐきを出してニタ/\笑った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私が芹を食べるのは、その環境を味ふので、さくさくと歯切れのいいその葉と、はぐきを刺すやうなその香とは、かうした聯想をもたらすのに充分なものがある。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
私がこんなに丸っこくて、頭脳的にやや酷使の気味で、それで糖尿的でもないし、はぐきも健康だというのは全くうれしい。益〻夜ねる前に歯をみがくことの効果を信じる次第です。
きのこを噛むと秋のにほひはぐきに沁むやうな気持がする。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)