鞏固きようこ)” の例文
持統天皇の在位は皇孫珂瑠の保育にあつたが、太政大臣に高市皇子を任じ、補佐するに葛野王かどののおおきみあり、家族政府として極めて鞏固きようこな団結であつた。
道鏡 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
微力なる私の土地解放で崩壊したり動揺する様な確信であるならば其の根柢が空虚なる為で決して充分に鞏固きようこなるものでない証拠ではあるまいか。
狩太農場の解放 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
吾人はトルストイ伯によりて、露国の平民を知るを得つ、彼等が鞏固きようこなる宗教上の観念を涵養かんやうしつゝあるを見て、露西亜の将来に望むところ多からざるを得ず。
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
ときにはまた、あのおそるべき打撃だげきのために、かへつ獨立どくりつ意志いし鞏固きようこになつたといふことのために、彼女かのぢよくゐふたゝ假面かめんをかぶつてみづかやすんじようとこゝろみることもあつた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
それ等の詩句の言葉は、この花の為めに詩の領国内に、貴金属の鉱脈のやうな一脈の伝統を——今ではすでに因襲になつたほどまでに、鞏固きようこに形造つて居るのである。
上古は、祖先を同じうする人々が、鞏固きようこに団結して、祖先伝来の職業にいそしんでゐたのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
が事を起す前に七人の同志と江戸に潜行せんかうし將軍御膝元で事を擧げるつもりでしたが、島原の亂も案外早く平定し、徳川のいしずゑはいよ/\鞏固きようこで、痩浪人の策動では何うにもならないと解ると
国民の鞏固きようこなる勢力は、必らず一致したる心性の活動の上に宿るものなり。此点より観察すれば、国民の生命を証するものは、実に其制度に於て、能く国民を一致せしむる舞台あると否とに存せり。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
明治六七年迄は聯合したる勢力の結托鞏固きようこにして、専ら破壊的の事業に力を注ぎたり、然れども明治政府の最初の聯合躰は、寧ろ破壊的の聯合組織にして、破壊すべき目的の狭まくなりゆくと共に