静寂しずか)” の例文
旧字:靜寂
まだ宵ながら山奥の夜は静寂しずかで、ただ折りおりに峰を渡る山風が大浪の打ち寄せるように聞えるばかりであった。
木曽の旅人 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「おいそぎでなくば、少しおやすみなさらぬか。まことに静寂しずかでござりますぞ、黙っていても、清々すがすがと、よい気もちで、心が空の青さに溶けてゆくような」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
静寂しずかな重苦しい陰欝なこの丘のはずれから狭いだらだら坂を下ると、カラリと四囲あたりの空気は変ってせせこましい、軒の低い家ばかりの場末の町が帯のように繁華な下町の真中へと続いていた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
山鳩やまばと一羽いずこよりともなく突然ほど近きこずえに止まりしが急にまた飛び去りぬ。かれが耳いよいよさえて四辺あたりいよいよ静寂しずかなり。かれは自己おのが心のさまをながむるように思いもて四辺あたりを見回しぬ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おお、この静寂しずかな霜の湖を船で乱して、こだま白山はくさんへドーンと響くと、寝ぬくまった目を覚して、蘆の間から美しい紅玉の陽の影を、黒水晶のような羽にちりばめようとする鷭が、一羽ばたりと落ちるんだ。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しイん——と静寂しずか
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今までは凍り着いたように静寂しずかであった町も村も、にわかに何となくさわがしくなった。鴉や雀は何物にか驚いたように啼き出した。犬もしきりに吠え出した。山の方では猿が悲しそうに叫び出した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)