釣革つりかわ)” の例文
身動きのならないほど客の込み合う中で、彼は釣革つりかわにぶら下りながらただ自分の事ばかり考えた。去年の疼痛とうつうがありありと記憶の舞台ぶたいのぼった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
街路では洋装のすそから二本の足が遠慮なく出ている、電車の釣革つりかわから女の腕がぶら下る、足の美しさがグラビヤ版となって世界にひろがる、そして娘の足は、太く長く美しさを増して来た
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
車掌の声に電車ががたりと動くや否や、席を取りそこねて立っていた半白はんぱくばばあに、その娘らしい十八、九の銀杏返いちょうがえ前垂掛まえだれがけの女が、二人一度にそろって倒れかけそうにして危くも釣革つりかわに取りすがった。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
葉子が釣革つりかわに垂れ下がりながら先生々々と口癖のように言って何かと話しかけるのに辟易へきえきしたことだの、映画を見ているあいだ、そっと外套がいとうそでの下をくぐって来る彼女の手に触れたときの狼狽ろうばいだの
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼はフロックの上へ、とんびのような外套がいとうをぶわぶわに着ていた。そうして電車の中で釣革つりかわにぶら下りながら、隠袋かくしから手帛ハンケチに包んだものを出して私に見せた。私は「なんだ」といた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)