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茂作
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もさく
年代にすると、黒船が
浦賀の港を
擾がせた
嘉永の末年にでも当りますか——その母親の弟になる、
茂作と云う八ツばかりの男の子が、重い
痲疹に
罹りました。
多摩川縁になった
調布の在に、
巳之吉という若い
木樵がいた。その巳之吉は、毎日
木樵頭の
茂作に
伴れられて、多摩川の
渡船を渡り、二里ばかり離れた森へ仕事に通っていた。
大工の
兼公と
肴屋の
角をつれて、
茂作の
人参畠をあらした事がある。
南の暖かい国の海岸に、
茂作といふ若い漁師が住んでをりました。