耳底じてい)” の例文
隣の小路こうじもただ人のけはひの轟々ごうごうとばかり遠波の寄するかと、ひツそりしたるなかに、あるひは高く、あるひは低く、遠くなり、近くなりて、耳底じていに響き候のみ。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
間もなく第三の三浦糸子射殺事件が更に大々的活字で報道されるのかと思うと、警部の耳底じていに、新聞社の輪転機の轟々ごうごうたる響がにわかに聞こえてくるようだった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
然し渠は、朝になつてから、渠に向つて呑牛の相方が語つたことを耳底じていに殘した、すなはち、かうだ——
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
十年前臨終りんじゅうとこで自分の手をとり泣いて遺命いめいした父の惻々そくそくたる言葉は、今なお耳底じていにある。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
花曇りに暮れを急いだ日はく落ちて、表を通る駒下駄の音さえ手に取るように茶の間へ響く。隣町となりちょうの下宿で明笛みんてきを吹くのが絶えたり続いたりして眠い耳底じていに折々鈍い刺激を与える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)