“母后(ぼこう)” の例文
無心に乗る帝と共に同乗したのは母后(ぼこう)ではなく御乳母(おんめのと)の帥典侍殿(そつのすけどの)一人、そして中宮建礼門院、後白河法皇、高倉上皇も御幸(ごこう)になれば、太政大臣以下の公卿殿上人
例(たと)へば河内(かはち)にある聖徳太子(しようとくたいし)の御墓(おはか)には、太子(たいし)の母后(ぼこう)と、太子(たいし)の妃(きさき)と三人(さんにん)の御棺(おかん)を容(い)れてあるとのことです。また中(なか)には死者(ししや)を石棺(せきかん)でなく木棺(もくかん)にいれて葬(はうむ)つた石室(せきしつ)も多(おほ)くあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
みなおむつに包まれていたため、装束を正すことができなかったのは残念だが、いずれも摂政が背に負うとか、母后(ぼこう)がお抱きになるとかして、即位の式はとどこおりなく行なわれている。
天皇が幼なくて母后(ぼこう)が院号を賜わったのはこれを以てはじめとする。