惰力だりょく)” の例文
土埃をたてて斜面をけ下ると、惰力だりょくで危うく池の中に飛びこみそうになったが、岸にある無花果いちじくの樹にようやくつかまった。顔見合わせ大声立てて笑った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
斬り開かれた腹部から中庭の石に臓腑ぞうふがつかみ出されていたにかかわらず、どくっどくっと、死直後の惰力だりょく動悸どうきを打って、あたたかい血を奔出ほんしゅつさせていた。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
降りそうな気勢けはいなどは、少しも見せなかった青年が、突然立ち上ると男らしい活溌さで、素早く車掌台へ出ると、まだ惰力だりょくで動いている電車から、軽くヒラリと飛び降りた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その用心か惰力だりょくかなにかで文句を言い、石の一つも投げてみようという手ずさみは、まあわかっているが、もうこの通り、馬も取鎮めてしまって、そうして穏かにいて帰ろうてえのに
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは今回の総力比島ひとう攻撃に用意した物量が非常に大きかったから、その惰力だりょくで今は敵を押しているのだ。しかし後二週間ち三週間経つと、この影響は深刻に戦闘力の上に加わってくる。
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
惰力だりょくの法則はいつのまにか苦痛という意識さえ奪ってしまった。彼は毎日無感激にこの退屈そのものに似た断崖の下を歩いている。地獄の業苦ごうくを受くることは必ずしも我々の悲劇ではない。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
惰力だりょくで走っているのじゃないですか」