帙入ちついり)” の例文
由雄はその時お延から帙入ちついり唐本とうほんを受取って、なぜだか、明詩別裁みんしべっさいといういかめしい字で書いた標題を長らくの間見つめていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金地の二枚屏風に土佐派の繪がやゝ剥げたのもゆかしく、押入を開けると、夜具は絹物のぜいを盡して、床の間に置いた帙入ちついりの千字文と庭訓往來ていきんわうらいは、多分亡くなつた主人
すなわちかたわらなる一閑張いっかんばりの机、ここで書見をするとも見えず、帙入ちついりの歌の集、蒔絵まきえ巻莨入まきたばこいれ、銀の吸殻おとしなどを並べてある中の呼鈴をとんと強く、あと二ツを軽く、三ツ押すと、チン
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
省線しょうせん電車の往復するのがく見える硝子窓ガラスまどの上には「天佑平八郎書てんゆうへいはちろうしょ」とした額を掲げ、壁には日本と世界の地図とを貼り、机の傍の本箱には棚をことにして洋書と帙入ちついりの和本とが並べてある。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
本棚の片隅には、帙入ちついりの唐本の『山谷さんこく詩集』などもありました。真中は洋書で、医学の本が重らしく、一方には馬琴ばきん読本よみほんの『八犬伝』『巡島記』『弓張月ゆみはりづき』『美少年録』など、予約出版のものです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
この列仙伝は帙入ちついり唐本とうほんで、少し手荒に取扱うと紙がぴりぴり破れそうに見えるほどの古い——古いと云うよりもむしろ汚ない——本であった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
発作ほっさが静まった時、継子は帯の間に隠した帙入ちついり神籤みくじを取り出して、そばにある本箱の抽斗ひきだしへしまいえた。しかもその上からぴちんとじょうおろして、わざとお延の方を見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)