寒風さむかぜ)” の例文
暫く大地を踏まない足が、もうめっきり冬になった寒風さむかぜに吹かれて、足をとられそうに嫋々なよなよと見えた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寒風さむかぜの松並木のあたりで、連れの名を呼んでみた女の子は、申すまでもなくお杉でありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黒くて柔らかい土塊つちを破って青い小麦の芽は三寸あまりも伸びていた。一団、一団となって青い房のように、麦の芽は、野づらをわたる寒風さむかぜのなかに、溌溂はつらつと春さきの気品を見せていた。
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
寒風さむかぜに四五羽飛び出て藪雀また吹かれ還る群笹むらざさの揺れに
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しても、入って来る寒風さむかぜは防げぬよ。……ああもうやがて冬だな。新見、その娘は、放してやれ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源氏車や菊寿きくじゅ提灯ちょうちんに火が入って、水色縮緬みずいろちりめん緋羅紗ひらしゃの帯が、いくつもおぼろ雪洞ぼんぼりにうつって、歌吹かすいの海に臙脂べにが流れて、おこんが泣けばみつぐも泣く頃には、右の間の山から、中の地蔵、寒風さむかぜの松並木
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雨しぶく今朝の笹葉の寒風さむかぜに頭すぼめて飛ぶ雀かな
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それから幾刻いくときも経たないうちに、こうして箱根山の深夜にあって、都会みやことは比べものにならない春の寒風さむかぜが身に沁みている自分達が、何うしても夢の中にあるような気がしてならない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二月の寒風さむかぜを、初東風はつごちとかいう。春だと思うせいか、よけい冷たい。
車のうちでは、れんをあげて、書を読む声が聞える。往きと、帰りと、十八公麿は、書を読んでいた。もう、星が白く、地は暗かった。それでも、寒風さむかぜに顔を出して、書を手から離さないのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さだめし外の世間には、寒風さむかぜが吹いておりましょうね」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)