“富穀(ふこく)” の例文
さて比良野貞固、小野富穀(ふこく)の二人(ふたり)を呼んで、いかにこれに処すべきかを議した。幼い成善も、戸主だというので、その席に列(つらな)った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小野氏ではこの年富穀(ふこく)が六十四歳で致仕し、子道悦が家督相続をした。道悦は天保七年生(うまれ)で、三十五歳になっていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
言語(げんぎよ)には尋常女子の敢て口にせざる詞(ことば)があり、挙措(きよそ)には尋常女子の敢て作さざる振舞があつた。たかは毎(つね)に磯野勝五郎、小野富穀(ふこく)の輩(ともがら)と酒を飲んで快談した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
此月五月十四日に棠軒は妻(さい)柏(かえ)、柏軒の妻俊(しゆん)、狩谷懐之(くわいし)、小野富穀(ふこく)等と向島に遊んだらしい。わたくしは良子刀自の蔵する狩谷氏俊の遺稿に拠つて言ふのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
同遊者の渋江六柳(りくりう)は抽斎である。小野抱経(はうけい)は富穀(ふこく)である。抱経と号したには笑ふべき来歴があるが、事の褻(せつ)に亘るを忌んで此に記さない。石川二陶(たう)は貞白(ていはく)であらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
小野氏ではこの年令図(れいと)が致仕して、子富穀(ふこく)が家督した。令図は小字(おさなな)を慶次郎(けいじろう)という。抽斎の祖父本皓(ほんこう)の庶子で、母を横田氏よのという。よのは武蔵国川越(かわごえ)の人某の女(むすめ)である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)