寂然じやくねん)” の例文
この風雨のすさまじい音の中に、この洪水こうずゐのやうになつた大破した堂宇だううの中に、本尊の如来仏によらいぶつ寂然じやくねんとして手を合せて立つてゐられるのである。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
澄み切つた鋼鉄色かうてついろの天蓋をかづいて、寂然じやくねんと静まりかへつた夜の盛岡の街を、唯一人犬の如く彷徨うろつく楽みは、其昔、自分の夜毎に繰返すところであつた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
影暗き一隅に身を捩ぢ据ゑ、凍れる水か枯れし木の、動きもせねば音も立てず、寂然じやくねんとして坐し居たり。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その障子の方を枕にして、寂然じやくねんと横はつた芭蕉のまはりには、まづ、医者の木節もくせつが、夜具の下から手を入れて、間遠い脈をりながら、浮かない眉をひそめてゐた。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
更にあちらが木曾路に當ると教へられて振向くと其處の地平には霞が低く棚引いて、これはまた思ひもかけぬ富士の高嶺が獨り寂然じやくねんとして霞の上に輝いてゐたのである。
寂然じやくねんとしてはてしなき想ひに耽れり
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
寂然じやくねんとして端坐してゐる如来像によらいざう、それはもう昔の単なる如来像ではなかつた。ある時ある人の手でられたブロンズの仏像では猶更なほさらなかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
玉をつらぬるの下に花降り敷かむ時に逢はむを待ちおはす由承はりし頃は、寂然じやくねん俊成としなりなどとも御志の有り難さを申し交して如何ばかりか欣ばしく存じまゐらせしに
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しかも眼の及ぶ限りその落葉しかけた大木が並び連つて寂然じやくねんとした森をなしてゐるのである。
昔のさびしい荒れた中に寂然じやくねんとして端坐してゐた如来仏によらいぶつ面影おもかげは段々見ることが出来なくなつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)