唇頭しんとう)” の例文
すると相手は、嘲るような微笑をちらりと唇頭しんとうに浮べながら、今度は静な口ぶりで、わざとらしく問いかけた。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
天地の間に生れたるこの身をいぶかりて、自殺を企てし事も幾回なりしか、是等の事、今や我が日頃無口の唇頭しんとうを洩れて、この老知己に対する懺悔となり、ときのうつるも知らで語りき。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
即ちこの思想は不言の万人の胸中に自ずから共通に存在するもので、その語のみがただルーソーの唇頭しんとうより初めてほとばしり出たというに止まる。この権利の観念からして、個人主義なるものも現れた。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
渠は唇頭しんとう嘲笑ちょうしょうしたりき。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
笑声嗚咽をえつ共に唇頭しんとうに溢れんとして、ほとんど処の何処いづこたる、時の何時なんどきたるを忘却したりき。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はこの恍惚くわうこつたる悲しい喜びの中に、菩提樹ぼだいじゆの念珠をつまぐりながら、周囲にすすりなく門弟たちも、眼底を払つて去つた如く、唇頭しんとうにかすかなゑみを浮べて、恭々うやうやしく、臨終の芭蕉に礼拝した。——
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)