危懼きぐ)” の例文
すべてが奇蹟とも見え、かつすべてが当然とも思われる。しかしながら、僕の感傷的な憂国の情が、祖国の将来に抱かずにおけない危懼きぐ…………。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
すると、その茫漠とした意識の中から、なんとなく氷でも踏んでいるかのような、鬱然とした危懼きぐが現われてきた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
何故なら、野村も実は二川が発狂したのではないかと、ひそかに危懼きぐの念を抱いていたからだった。
テナルディエは最後の危懼きぐもしくは最後の用心をおさえつけて、捕虜の方へ歩を進めていた。
「おいいでないよ。」と繰返して、「今に御客も来るし、今朝のね、彼の件はきっと謂わないだろうね。」と幾多の危懼きぐ、憂慮を包める声音こわね、==お謂でないよ==は符牒ふちょうのようなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は感謝と不安と危懼きぐと実に複雑した気持を経験しながら夢ともうつつともなしに暁に及んだ。しかるにいまいましいではないか、暁になつて遂にまた手の甲とのどのところを南京虫に襲はれたことを知つた。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
奈辺なへんにあるや疑うばかりでなく、それぞれに危懼きぐ劃策かくさくを胸に包んでいると見えて、ちょっとの間だったけれども、妙に腹の探り合いでもしているかのような沈黙が続いた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)