具視ともみ)” の例文
中山大納言だいなごん菊亭きくてい中納言、千種少将ちぐさのしょうしょう(有文)、岩倉少将(具視ともみ)、その他宰相の典侍てんじ命婦能登みょうぶのとなどが供奉の人々の中にあった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中山忠光卿や、姉小路公知きんとも卿や、岩倉具視ともみ卿あたりもその仲間でありましょう。ここに現われた高村卿なるものも、多分その一人であろうと思われる。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
即ち薩長や岩倉具視ともみの肚では武力を以て圧倒しようとする所に、幕府の方から、頭を下げて来たのである。
鳥羽伏見の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この形勢を、ハツキリと認識してゐたのは、大久保利通としみちである。明治二年四月、岩倉具視ともみ宛の書簡に
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「岩倉具視ともみは、薩長を利用して、薩長に利用せられざらんがために生きている」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
明治七年一月には、ついに征韓派たる高知県士族武市熊吉たけちくまきち以下八人のものの手によって東京赤坂あかさかの途上に右大臣岩倉具視ともみを要撃し、その身を傷つくるまでに及んで行った。そればかりではない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はその友人の京都便りを読んで、文久元治げんじの間に朝譴ちょうけんをこうむった有栖川宮親王ありすがわのみやしんのう以下四十余人の幽閉をとかれたことを知り、長いこと機会を待っていた岩倉具視ともみ入洛じゅらくまでが許されたことを知った。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)