佞智ねいち)” の例文
「さてはさすが佞智ねいちの玄蕃めも、貴殿の腕前を知っているゆえ、早くも当日の試合に出ることをおそれて、探索を入れたのでござろう」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ともなって、ここへ客として迎えたのは、君を志操の高い人と見たからであった。しかるに今、汝の言を聞けば、仁義を教えず、かえって、不仁の佞智ねいち
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と城市の辻に立たせ、首を刎ねて、不義佞智ねいち小人しょうじんもまたかくの如しと、数日、往来の見世物にしておいた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
桓帝かんていいて、十二代の帝位についた霊帝は、まだ十二、三歳の幼少であるし、輔佐の重臣は、幼帝をあざむき合い、朝綱ちょうこうみだりにし、佞智ねいちの者が勢いを得て、真実のある人材は
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無能な小人輩は、甘言と佞智ねいちをろうすことを、職務のように努めはじめる。曹操のまわりには、つねに苦諫くかんを呈して、彼の弱点を輔佐する荀彧じゅんいくのような良臣もいたが、その反対も当然多い。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宦官かんがん的な側用人、無能で佞智ねいちばかりもつ賄賂わいろ好きな役人、それにつながる御用商人やら、腐れ儒者やら、大奥と表を通う穴道の雑人ぞうにんやら、どしどし罷免したり、入れえたりしたが、それらの前代
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俗剣佞智ねいち
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)