人日じんじつ)” の例文
また「人日じんじつ文郁ニ示ス。」と題した七律がある。これに由って見れば毅堂は七草の夕にも、松塘の家にいたのである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちょうど対立して一年を切半している初春の人日じんじつ、すなわち六日から七日に渡って行く境を、御湯殿上おゆどののうえの日記等には、また一つの年越と認めているが
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
人日じんじつに蘭軒は自ら医範一部を写した。医範はもと蘭軒の父信階大升のぶしなたいしようが嘗て千金方きんはうより鈔出したものである。蘭軒手写の本は現に伊沢めぐむさんが蔵してゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
こんな不味い者を好んで食わなくても外に幾らも味のい野草がそこらにザラに在るでは無いか。貝原先生もこれを「正月人日じんじつ七草ノ一ナリ」と書いていらるるがこれもまた間違いである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
何をもて人日じんじつの客もてなさん
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
人日じんじつ七夕たなばたには地方毎の風習の差がはなはだしく、とても民間と歩調を合わせることが出来ないのを知って、結局は理論にってこの五つの日を決したという話が伝わっている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
元旦と人日じんじつとの詩の間に、「雪日偶成」の作がはさまつてゐる。神辺の元旦はこれに反して雪後であつた。茶山の律詩に叙景の聯がある。「流漸汨々野渠漲。残雪輝々林日斜。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
神辺かんなべでは菅茶山が人日じんじつに藩士数人をつどへて詩を賦した。「客迎英俊是人日、暦入春韶徒馬齢」の一聯がある。茶山の春初の詩は頗多い。前に出した阿部正精の辞職の詩に次韻した九首も其中にある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)