“とうしゃ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
謄写70.0%
当社10.0%
投射10.0%
等車10.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
ずつと晩年は数奇すき者が依頼する秋成自著の中でも有名な雨月などの謄写とうしゃをしてその報酬でとぼしく暮して居た。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
当社とうしゃ神主かんぬし長谷川右近はせがわうこんどのにお目にかかりたくさんじました。——じぶんは、京都きょうと菊亭公きくていこう雑掌ざっしょう園部一学そのべいちがくというものです」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当社とうしゃ広前ひろまえおこなわれました兵法大講会へいほうだいこうえのみぎり、信玄公しんげんこうのおまご武田伊那丸たけだいなまるさまとそのほかの浪人衆ろうにんしゅうが、おしのびにて見物けんぶつに入りまじっていたよしさとのうわさに聞きましたが
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一切の光熱線こうねつせんが悉く此径三尺の液体えきたい天地に投射とうしゃせらるゝかと思われる。冷たく井を出た水も、日の熱心にほだされて、段々冷たくなくなる。生温なまぬるくなる。所謂日なた水になる。正午の頃は最早湯だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
飢饉ききんのときに、ちちの出なくなったおかあさんの乳首ちくびを、くわえたまま死んだ子もいるし、ぎっしりつまった三等車とうしゃの人いきれの中で、のどがつまって死んだ子もいる。