あかね)” の例文
あかね吹貫ふきぬき二十本、金の切先の旗十本、千本やり、瓢箪の御馬印、太閤様御旗本の行列の如く……」と、『大阪御陣覚書』に出ている。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
雲の峰は崩れて遠山のふもともや薄く、見ゆる限りの野も山も海も夕陽のあかねみて、遠近おちこちの森のこずえに並ぶ夥多あまた寺院のいらかまばゆく輝きぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
佐伯氏は、あかねさんという、すごいような端麗たんれいな顔をした妹さんと二人で別棟べつむね離屋はなれを借り切って、二階と階下したに別れて住んでいる。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その明るい陽に照らされて、浅間山の中腹から、前掛山の頂かけてあかねさすのは秋草の霜にうたれた色であるかも知れないと思う。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
とかくするうち東の空白み渡りてあかね一抹いちまつと共に星の光まばらになり、軒下に車の音しげくなり、時計を見れば既に五時半なり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あかねの色に夕映ゆうばえて美しい遠い、港あたりの上空を、旦那はステッキで指ざしながら、三太の心を奪うような威勢のいい声で言う。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
最早もはやあかねさえせた空に、いつしかI岬アイみさきも溶け込み、サンマー・ハウスのを写すように、澄んだ夜空には、淡く銀河の瀬がかかる——。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
日本でも上杉家の勇将新発田しばた因幡守治長は、染月毛てふ名馬の、尾至って白きを、あかねの汁で年来染むると、真紅の糸を乱し掛けたごとし。
紫とっても、あかねと謂っても皆、昔の様な、染め漿しお処置とりあつかいはせなくなった。そうして、染め上りも、艶々しく、はでなものになって来た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
いつかあかねいろの曠野こうやは、海のような青い黄昏たそがれとかわっていた。草をけって、いつ追われつする者たちには、十ぽうなにものの障壁しょうへきもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
練絹ねりぎぬのような美しいはだが、急にあかねさして、恐ろしい忿怒ふんぬに黒い瞳がキラリと光るのさえ、お駒の場合にはたまらない魅惑です。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そして、その緊張したまるみの上に、あかね木綿の短いふたのがのぞいているのが、少年たちにとってはまったく閉口ものであった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがて、両手に余る位、花がたまつたとき、腰が痛くなつた良寛さんは、立ちあがつて、いつの間にか、空が日暮のあかねに染まつてゐるのを見た。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
あかねさすひたひ薔薇ばらの花、さげすまれたをんな憤怒いきどほりあかねさすひたひ薔薇ばらの花、おまへの驕慢けうまん祕密ひみつをお話し、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
など云うたぐいかえで銀杏いちょうは、深く浅く鮮やかにまたしぶく、紅、黄、かちあかね、紫さま/″\の色に出で、気の重い常緑木ときわぎや気軽な裸木はだかぎの間をいろどる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
明日の晴を報ずる白い雲の千切れが刻々あかね色に夕映てゐる碧空に向つて飄々として上騰し、金時山、足柄山の方へ進んでゆく、池尻の茶屋の老婆は
箱根の山々 (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
大方の者は赤裸で、あかねの下帯をしめている。小玉裏の裏帯を、幾重にも廻して腰に纏い、そこへ両刀を差している。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
午前は雪におおわれ陽に輝いた姿が丹沢山の上に見えていた。夕方になって陽がかなたへ傾くと、富士も丹沢山も一様の影絵を、あかねの空に写すのであった。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
夕焼のあかね色が空の高みに残り、白いもやが道の前方をつて来る、その空気に包まれると、彼は何だか平和だつた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
月夜には月光の色に、太陽の照る昼は、きらめく黄金色に、朝は昧爽まいそうのバラ色に、夕暮はあたたかいあかね色に、そして雨の夜は、正確にその濡れた闇の色に。
メリイ・クリスマス (新字新仮名) / 山川方夫(著)
戸外はもう夕暮近くで、空にはあかね色の雲が美しくちらばっていた。彼は明らかに興奮していたが、路の途中まで来ると、また深井のことが彼に迫って来た。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
朝起きると一面の青空で、朝日が白銀の世界をあかね色に染めているような日でも、夕方になると大抵は美事な樹枝状の結晶が細雨さいうのように音もなく降って来る。
夕焼雲がしだいにあかねのいろをおとしてゆき、海上には夜をまねくたそがれのけはいがながれはじめました。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
江戸の入陽いりひは、大都会の塵埃じんあいに照り映えて、あかねいろがむらさきに見える。とびにでも追われているのであろう、空一めんに烏のむれが、高く低く群れ飛んでいた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
長谷はつせ五百槻ゆつきもとかくせるつまあかねさしれる月夜つくよひとてむかも 〔巻十一・二三五三〕 柿本人麿歌集
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
なお残るあかねの空に一むれ過ぎて、また一むれ粉末のまだら。無関心の高い峯の上を、その鳥群のまだらだけが愛を湛えて、哀しい大空にあたたかい味を運んで行く。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
勿論もちろん何のことか判然聞取ききとれなかったんですが、ある時あかねさす夕日の光線がもみの木を大きな篝火かがりびにして
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
木綿ながらも、あかね色と紺と萌黄もえぎとの太い大名縞の、大芝居の引幕のやうな新らしい柄で、こんな片田舍に自分の娘より外には、そんなものを身に着けてゐるものはない。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
夕方になると、その金属の冷たい手触りを喜びながら、植民地の新開地じみた場末の二階の窓から、あかね色の空を眺めてはハモニカを吹くのであった。彼は十七歳であった。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)
その数時間後、二人の同乗した寝台車アンビュランスカーが、折からあかね色の雪解跡をついてB癲狂てんきょう院の門を潜った。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
消え残りの火に薪を添えて顔を洗っていると、金作が米を入れた鍋を持って河原に下りながら、あかね色に染った東の空を仰いで、「旦那、今日もいいお天気だぞ」と声を懸ける。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
くもそびゆる高山たかやまも。のぼらばなどかへざらむ。そらをひたせる海原うなばらも。わたらばつひわたるべし。わが蜻蛉洲あきつしまあかねさす。ひがしうみはなじまたとへばうみ只中たゞなかに。うかべるふねにさもたり——。
南部の名といつも結ばれるものに「南部紫なんぶむらさき」があります。紫とは紫根染しこんぞめのことで、この紫で今もしぼりを染めているのは、わずか盛岡と花輪だけのようであります。共にあかねでも染めます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
日があかねさしたのか、東の空が一面に古代紫のようにくすんだ色になった……富士の鼠色はただれた……淡赭色の光輝を帯びたが、ほんの瞬く間でもとの沈欝に返って、ひッそりと静まった。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その、くすんだやうな永遠の色ともいふべき暗澹たるあかねが、薄暮の光を映ずる明暗。それは、まさに一種ものすごい感じを与へるものに相違なかつた。私も、偶〻その事実に出逢ひ、ついさきごろ
薄暮の貌 (新字旧仮名) / 飯田蛇笏(著)
竹藪たけやぶに伏勢を張ッている村雀むらすずめはあらたに軍議を開き初め、ねや隙間すきまからり込んで来る暁の光は次第にあたりの闇を追い退け、遠山の角にはあかねの幕がわたり、遠近おちこち渓間たにまからは朝雲の狼煙のろしが立ち昇る。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
「アイ、笈摺おひずりもな、兩親ふたおやのある子やゆゑ兩方はあかね染……」
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
とほくとほく いつまでもあかねの空にたなびいてゐた
寒むざむし背戸の水田のうす氷あかねさしつつ夕焼早し
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あかねうらふきかへす春に成にけり 耕月
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
梅雨晴つゆばれゆうあかねしてすぐ消えし
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あかね色から朝に変るやうに
あかねふ草の葉をしぼれば
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
山山はあかねさし
岩清水 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
じやくあかね
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
馬の背に移って、梨丸に口輪をらせながら、東へ東へと道をとった。野路のじはいつかあかねに染まり、馬と人の細長い影が地に連れだって行く。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次の朝、廊下の窓のそばの籐椅子とういすに掛けて本を読んでいると、廊下の向うのはしからあかねさんがひどくまっすぐな姿勢でこちらへちかづいて来た。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
けむりしづかに、ゆる火先ほさき宿やどさぬ。が、南天なんてんこぼれたやうに、ちら/\とそこうつるのは、くもあかねが、峰裏みねうら夕日ゆふひかげげたのである。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
城下の街はまだ暗く、刀根川の流れも濃い朝もやの下に眠っていたが、赤城山のみねはすでにあかねに染まり、高い空のどこかで鳥のさえずりが聞えていた。
日本婦道記:忍緒 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
晩秋の夕が、西の山端に近づくと、赤城の肌に陽影があかね色に長々と這う。そして山ひだがはっきりと、地肌に割れ込んでいるのが、手に取るように見える。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)