おこた)” の例文
だから事件が錯綜纏綿さくそうてんめんしてもつれながら読者をぐいぐい引込んで行くよりも、其地方の年中行事をおこたりなく丹念に平叙して行くうちに
次郎は荒田老の顔の動きに注意をおこたらなかった。黒眼鏡がかすかに動いて、朝倉先生の声のするほうに向きをかえたように思われた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しかしながらわかしゆしようする青年せいねんの一勘次かんじいへ不斷ふだん注目ちうもくおこたらない。れはおつぎの姿すがたわすることが出來できないからである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
当時の東京毎日新聞にいた三津木春影しゅんえいは、姉妹新聞の報知にいた私と一脈の関係にあり、その作物には常に注目をおこたらなかったが
もう何度も、寝床ねどこのことで不幸な出来事が起こったので、にんじんは、毎晩、警戒をおこたらないようにしている。夏は、楽なもんだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
人間にんげんは、りこうでずるいから、をつけなければならない。」と、ごろからいていましたから、ねずみは注意ちゅういおこたりませんでした。
ねずみとバケツの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
で、結局、彼等両人が盛り場を歩いたりする時、行違う人に注意をおこたらず、気長にその男を尋ね出すしか方法はないのであった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いにしえより忠は宦成におこたり病いは小に加わり、わざわいは懈惰けだに生じ孝は妻子に衰うという、また礼記らいきにも、れてしかしてこれを愛すといえり
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これを草木にたとうれば、みどりやなぎくれないの花と現れる世の変化も思想なる根より起こるものであるから、なにはさておき根の培養ばいようおこたれない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
国と国とはいつも戦いの用意をおこたらない。しかし人情に背くかかる勢いが、どうして永遠な平和や幸福の贈り手であり得よう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
つぎ著意ちやくいしてみちもとめるひとがある。專念せんねんみちもとめて、萬事ばんじなげうつこともあれば、日々ひゞつとめおこたらずに、えずみちこゝろざしてゐることもある。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
あの子は毎月の謝礼をさえおこたり今また白仙羹ひと折を中元と称して持参するとは無礼の至り師匠をないがしろにすると云われても仕方がなかろう
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
土地を踏む前に、その予備知識の吸収におこたりのないお銀様が、七里の渡しの名、間遠まどおの故事を知らないはずはありますまい。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「はい、百姓の母が、百姓をおこたると、体がすぐれぬと申しまして、長浜へ移りまして後も、城内の畑を耕し、いろいろな物をつくっております」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしは月初めの日曜毎に春木座へ通うことをおこたらなかったのである。ただ、困ることは開場が午前七時というのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何か職業を求めて自活のみちを講じているものもある。その他のものもまた自分の家にいて、何かしら来るべき生活の準備におさおさおこたりがない。
だから、このインチキを防ぐためには、どんなに小さくてもその人の牌につき一応調査をすることをおこたってはいけない。
麻雀インチキ物語 (新字新仮名) / 海野十三(著)
良吉の帰っている間入学試験の準備をおこたっていたので、もはや小説など読耽よみふけってはいられなかった。上京までの日数を数えると心があわただしかった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
余は日本人の描ける油画にして、日本の婦女と日本の風景及び室内を描けるものに対しては常に熱心なる注意をおこたらず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、その裡のホンの少数のみが、引揚作業を、目撃もくげきし得る位置にあったが、その人達は、自分のている事を、後方へ報告する義務をおこたりはしない。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
批判する事をおこたらず、それがたとい外観上如何に険峻なものに見えようとも、また温健なるものに見えようとも、必ずその内容の純正か否かを透察し
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
両親りょうしんおこたらず、わたくしはかもうでてはなみず手向たむけ、またさいとか、五十にちさいとかもうには、その都度つど神職しんしょくまねいて鄭重ていちょうなお祭祀まつりをしてくださるのでした。
宇左衛門は、修理の発作ほっさが、夏が来ると共に、漸くおこたり出したのを喜んだ。彼も万一修理が殿中で無礼を働きはしないかと云う事を、おそれない訳ではない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
若い者達がシャクの話に聞きれて仕事をおこたるのを見て、部落の長老連がにがい顔をした。彼等の一人が言った。シャクのような男が出たのは不吉ふきつきざしである。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
翌日岡山に到着して、なつかしき母上を見舞ひしに、危篤きとくなりし病気の、やう/\おこたりたりと聞くぞ嬉しき。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
六、 海岸かいがんおいては津浪襲來つなみしゆうらい常習地じようしゆうち警戒けいかいし、山間さんかんおいては崖崩がけくづれ、山津浪やまつなみかんする注意ちゆういおこたらざること。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ために、音信おとづれおこたりました。ゆめところがきをするやうですから。……とはへ、ひとつは、し、不思議ふしぎいろ右左みぎひだりひとはゞかつたのであります。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
のちあるしよ感冐かんばう豫防よばうするに冷水浴れいすゐよく非常ひじやう利益りえきあるよしふたゝ冷水浴れいすゐよくおこなひ、春夏しゆんかこう繼續けいぞくするをしも、寒冷かんれいころとなりては何時いつとなくおこたるにいた
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
おこたり無く偵察ていさつしてゐると、丁度将門の雑人ざふにん支部はせつかべ子春丸といふものがあつて、常陸の石田の民家に恋中こひなかの女をもつて居るので、時〻其許へ通ふことを聞出した。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
すてんか明日あすこそはとうかゞこゝろおこたりなけれど人目ひとめ關守せきもりなんとしてひまあるべき此處こゝ七年しちねんはまだ籠中ろうちゆうとり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
勿論もちろん裾廻すそまわしだけをつけたもので、羽織が寒さも救えば恥をも救い隠したのである。そうしても師のもとへ顔をだす事をおこたらなかったわけは、ほかにもあるのであった。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
大阪書生の特色只今ただいま申したような次第で、緒方の書生は学問上の事については一寸ちょいともおこたったことはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
うっかり注射でもおこたろうものなら、恐水病といって、発熱悩乱の苦しみあって、果てはかおが犬に似てきて、四ついになり、ただわんわんと吠ゆるばかりだという
この修業をおこたるものは一時の器用と才気から何か目新しいものを作る事が出来るとしても、それは本当に成長すべき運命を持たないであろう。月不足の嬰児えいじの如く。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
金魚の研究をおこたらなければ復一が何をしようとどんな女性と交渉があろうと構わない書きぶりだった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「まひるの草木と石土を 照らさんことをおこたりし 赤きひかりはつどい来てなすすべしらにただよえよ。」
ひのきとひなげし (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
〔評〕木戸公毎旦考妣ちゝはゝの木主を拜す。身煩劇はんげきに居ると雖、少しくもおこたらず。三十年の間一日の如し。
感じ親類しんるゐ始め皆々打寄うちよりあつく世話をなし後懇切ねんごろにぞ弔ひける夫より後九助は獨身どくしんとなり艱難かんなんくらしける中にも亡父母ばうふぼ遺言ゆゐごん片時も忘れず朝夕の回向ゑかうおこたりなくつとめ一人工風を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
少々送つたりしましたが、とかくおこたりがちになりましてね、あのお寺さん、今どんな風ですか!
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
それでも、中務省なかつかさしょう陰陽寮おんようりょうから出たお話だとすれば、きっとまた何か悪いことが起るに違いないわ。物忌ものいみおこたれば、皐月さつきと云う月にはきまってわざわいが現れるのですもの。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
村瀬は明子が恢復しはじめた頃から再び手紙を寄越よこすやうになつてゐた。明子の母はまだ過敏な警戒を彼女の身辺におこたらずにゐたけれど、村瀬の手紙だけは開封もせずに渡した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
自弁で読者奉仕をしたわけであるが、私としてはその月麻雀マージャンに夢中になっていて勧誘のしごとをおこたっていたので、店への申しわけと自分の気やすめのためにしたまでのことである。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
新しい精神病患者の顔を見るごとに、その骨相を詳細に亘って研究されまして、その血液の中に、如何なる人種の特徴が混入しているかを、おこたらず調査しておられるので御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自分たちの生活を標準として何か目新しい衣食住の模様替もようがえを工夫し、それが他の一万人中の九千九百人に、適用し得るかどうかを測量することをおこたっていたとしたら如何いかがであろうか。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ゆえに生物学上から見て、そこに中継なかつぎをし得なく、その義務をおこたっているものは、人間社会の反逆者であって、独身者はこれに属すると言っても、あえて差しつかえはあるまいと思う。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
特命を帯びた刑事が日夜張り込んで尾行をおこたらなかったことはもちろんである。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ロミオ さらばぢゃ! かりそめにも機會きくわいさへあれば消息たよりおこたることではない。
なほおこたらず供養きようやうす。露いかばかりそでにふかかりけん。日はりしほどに、山深き夜のさま三二ただならね、石のゆか木の葉のふすまいと寒く、しんほねえて、三三物とはなしにすざまじきここちせらる。
父が病気に掛ってから、度々送金を迫られても、不覚ついおこたっていたのだから、うちの都合もぞ悪かろう。今度こそは多少の金を持って帰らんでは、如何いかに親子の間でも、母に対しても面目めんぼくない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今日満願というその夜に、小い阿弥陀あみだ様が犬の枕上に立たれて、一念発起の功徳くどくに汝が願いかなえ得さすべし、信心おこたりなく勤めよ、如是畜生発菩提心、善哉善哉、と仰せられると見て夢はさめた
(新字新仮名) / 正岡子規(著)