のど)” の例文
老人は、のどから絞り出すような声で私を叱った。そして、ひったくるように私の手から竿を取ったのである。何と憎々しい爺だろう。
想い出 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「平気、平気。畜生め、一ひねりだ。おっちょこちょいの、此ののどを、こんな具合にしめつけると、ぴいと鳴るから奇妙なものさ。」
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
その時、赤彦君のうしろに猫がうづくまつてのどを鳴らしてゐた。これは赤彦君がいつも猫を可哀がるのでそばに来てゐるのであつた。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
半九郎は立上がつて、自分ののどを掻きむしりながら皺枯聲しわがれごゑで叫ぶのです。狂暴な眼玉が、今にも脱出しさうにギラギラと光ります。
「貴様は一体兄を兄と思はない。亭主より外に大事なものが無いんだ。へん、亭主は大事よ。」とのど低く嘲笑あざわらつて又書斎へ戻つた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
その抽斗がけられたりめられたりする時に抽斗の微分子が諸君の鼻の中を舞い上ったり諸君ののどを舞い下ったりするのである。
のっそりハッと俯伏うつぶせしまま五体をなみゆるがして、十兵衛めが生命いのちはさ、さ、さし出しまする、と云いしぎりのどふさがりて言語絶え
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三たび撫でまわすと全身がすっきりしてきて、その心地よさが骨髄に沁みるようであった、すると女はそのたまを取ってのどに入れて言った。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
書記は仰臥あおむけに倒れて手足を突張り、のどには匕首あいくちが突刺さって、顔色は紫色に変っていた。そして口からは一線の生血がタラタラと流れて
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
和泉堺のある寺の白犬勤行ごんぎょうの時堂の縁に来て平伏したが餅をのどに詰めて死し、夢に念仏の功力くりきで門番人の子に生まると告げ果して生まる。
慾張よくばり抜いて大急ぎで歩いたからのどかわいてしようがあるまい、早速さっそく茶を飲もうと思うたが、まだ湯がいておらぬという。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八は少し頭がふらつく。その癖のどが乾いて飲みたいので、コツプに注いで置いたコニヤツクを一口飲む。それが今度は強過ぎるやうに思はれる。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それを考えただけでものどがグウグウ鳴る。しかしこの疲れた足で金性水を汲みに行くのは容易な事ではない。この暗い夜! 胸突き八丁の険阻。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
鼻腔びこうはつきさされるよう、のどはかわいて声さえでぬ。……そこにしばらくもがいていれば煙にまかれて窒息ちっそくはとうぜんだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
片手に鼻眼鏡が落ちそうになるのをおさえながら、片手に火のついたパイプを持って、のどを鳴らし鳴らし、笑っている。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
とりあかみどりはねをして、のどのまわりには、黄金きんまとい、二つのほしのようにきらきらひからせておりました。それはほんとうに美事みごとなものでした。
くちばしおよびのど辺などに爪牙にかけられしきずを受け得て、その景状はすべて夢中にありし事柄とごうも異なることこれなし。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
のどッ風邪で熱があって苦しいのだから、家に居て看病して呉れる位の真情じつが有りそうなものだとか厭味らしく抜かす。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
え、証人が倉「はい有ります、御存ごぞんじの通り一昨夜はいつもより蒸暑くてそれにリセリウがい所天おっとに分れうちまで徒歩あるいて帰りましため大層のどが乾きまして、 ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
商人はふところにありてあたゝまりのさめざる焼飯の大なるを二ツ食し、雪にのどうるほして精心せいしんすこやかになり前にすゝんで雪をこぎけり。
のどはカラカラにからびて、舌が石のようにし固まり、心臓は咽のあたりまで飛び上がってくるかと感じられた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、その声は、のどおくから何かの力で引きもどされたように、変なうなり声になっただけだった。郵便物当番は、むろん、ふり向きもしなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
私は、口に合ったそれらの料理を、むらむらとのどへこみ上げてくる涙と一緒に呑み込むようにして食べていた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
見世物が出る。手軽な飲食店が出る。のどひえが通る様に、店の間を押し合いへし合いしてぞろ/\人間にんげんが通る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
何も知らない子猫はやはり猫らしくのどを鳴らすのである。土の香をかがせてやると二度に一度は用を便じた。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さ「あいたた/\恐れ入りました、上げますよ/\、上げますから堪忍して下さい、娘の貰引もらいひきのどを締る奴がありますか、軍鶏しゃもじゃアあるまいし、上げますよ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
大久保は、馬車から引きずり降ろされて、六人の壮士から切りさいなまれた。ひとりの壮士は、とどめの短刀をもって、その鍔元つばもとまで、大久保ののどに突きさした。
それに続いてのどが何かにむせるような、それから何物かに強く口をふさがれて、窒息しそうな堪えがたい苦しみの記憶が、ふと、全く思いがけなく彼に蘇生よみがえって来た。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
あまりに意外な怪物が出て来たので、さすがのフーラー博士も、つばのどにつまって、声が出ないのだ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
斯して置は殺生なりさりとて生返いきかへらせなば又々旅人へ惡さをなす者共なればとゞめをさして呉んと鐵の棒のさきのどあたりへ押當おしあて一寸々々ちよい/\よしで物を突く如く手輕てがるに止めを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此男は元来のどの乾くたちですから、一度この味を占めると、また一口飲みたく成る、つい二度三度と瓶へのお見舞を重ねる中に、段々に気が遠くなつて、目がちらつき
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
男の心持ちが分かったので、女はのどを締め付けられるような気がして、何も言う事が出来ずにいる。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「はッはッはッ。これがうわさたか土平どへいだの。いやもう感心かんしん感心かんしん。こののどでは、文字太夫もじだゆう跣足はだしだて」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
頑児の一念、ここに至りて、食のどを下らず、寝しとねに安んぜず、ただ一死のはやからざるを悲しむのみ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
亡くなッた人をこう申すのははしたないようですが、気あらな、押し強い、弁も達者で、まあ俗にせなかを打ってのどをしむるなど申しますが、ちょっとそんな人でした。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「お前、いい子だから、ちょっと跳び上って、己に林檎を一つ取ってくれ。のど湿しめすんだから。」
のどが渇くと栗番小屋の側の梨畑から採って来た梨を、皮もかずに、かすぐるみ呑み込んでしまう。そしてまた地上にごろりと寝そべって木の間から漏れる雲間を眺める。
さうしてはかへるかぬ日中につちうにのみ、これあふげばまばゆさにへぬやうにはるかきらめくひかりなかぼつしてそのちひさなのど拗切ちぎれるまでははげしくらさうとするのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食がのどに通らなかったのです。
最終の午後 (新字新仮名) / フェレンツ・モルナール(著)
信州の木曽渓きそだにでもある家の馬飼童うまかいわらわが、なまけて水を忘れて主人の馬を死なせ、それから水が火になって飲むことが出来ず、かろうじて木葉のしずくのどうるおすようになったといって
山々のふもとにはもうやみが塊まっていた。しかし山頂にはまだかすかに光が漂っていた。突然のどをしめつけられるような恐怖が私を襲ってきた。私はいきなり病人の方をふり向いた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
のどなきやぶるばかりのひよどりの声々、高き梢に聞ゆるに、窻を開きてそこかこゝかとうち見れば、そこにもあらず、こゝにもあらず、窻を閉ぢて書をひらけば一層高く聞ゆめり。
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
学校帰りの子供達が、わたし船を待っていた。私がなぐられるのを見ると、子供達はドッと笑った。鼻血がのどへ流れて来た。私は青い海の照り返りを見ながら、しょっぱいなみだすすった。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
渦を巻いておそいかかるのどくような熱い烈風、嘘のように平安なお祖父じいさんの寝顔、そしてごうごうとえ狂う焔の音のなかから、哀訴しむせび泣くようなあの声が聞える。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
画家だったらそれを美術館に入れ、思想家だったらそれを図書館に入れた。反抗者がいくらのどをからして無法なことを叫んでも甲斐かいがなかった。彼らは聞こえないふうを装った。
見、のどのかわいている者は夢の中で飲み水を飲むと、ことわざにもいわれています。おまえもまたその人たちと同類で、あまり待ちわびたので夢に見たのでしょう。よく心を落着けなさい
僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでものどがつまって声が出ない。民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸をでたりえりを撫でたりして、下ばかり向いている。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それに何だかのどが締るようで、髪の毛が一本一本上に向いて立つような心持がする。どうぞ帰ってくれい。お前は死だな。ここに何の用がある。ええ気味の悪い。どうぞ帰ってくれい。
けふりをいてみゝつればをりから此室こゝのきばにうつりて妻戀つまごひありくねここゑ、あれはたまではるまいか、まあ此霜夜このしもよ屋根傳やねづたひ、何日いつかのやうなかぜひきにりてるしさうなのどをするのでらう
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
投出ほうりだすと、る見るうちに、また四辺あたりが明るくなったので、私も思わず、笑いながら、再び歩出あゆみだして、無事に家に帰ったが、何しろ、塩鰹しおかつおを、そんな一時に食ったので、途事とちゅうのどかわいて仕方がない
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)