“閼伽桶（あかおけ）”の例文

おまんらは細道づたいに、閼伽桶（あかおけ）をさげ、花を手にし、あるいは煙の立つ線香をささげなどして、次第に墓地へ集まりつつあった。

夜明け前：03 第二部上 (新字新仮名) ／島崎藤村(著)

寺男が閼伽桶（あかおけ）と線香とをもってきて、墓の苔（こけ）を掃（はら）っている間、私たちは墓から数歩退いて、あらためて墓地全体をみやった。

花を持てる女 (新字新仮名) ／堀辰雄(著)

手桶からは湯気が立っている。先（さ）っきの若い男が「や、閼伽桶（あかおけ）」と叫んだ。所謂（いわゆる）閼伽桶の中には、番茶が麻の嚢（ふくろ）に入れて漬（つ）けてあったのである。

百物語 (新字新仮名) ／森鴎外(著)

彼は街道に自動車を待たせておいて、閼伽桶（あかおけ）と花束をもって狭い赤土の道を入っていった。鉄柵を繞（めぐ）らした大きな記念碑の隣りに浅田家のつつましい墓があった。

秘められたる挿話 (新字新仮名) ／松本泰(著)

「いたそうと思いましたが、よく知っているからとおっしゃって、閼伽桶（あかおけ）へ水だけ汲んで差上げました」

黒の法衣に白の頭巾をかぶってい、片手に白い山茶花（さざんか）を入れた閼伽桶（あかおけ）を持っていた。僧形（そうぎょう）の彼女とじかに会うのは初めてであるが、岡野さえだということはすぐにわかった。

滝口 (新字新仮名) ／山本周五郎(著)

そして先に立った老爺は確かにまた閼伽桶（あかおけ）を下げていたし、女中に手を曳（ひ）かれた少年は何度も何度も残り惜し気に私の方を振り返り振り返り夕暮れの中へ消えて行ったのを

逗子物語 (新字新仮名) ／橘外男(著)

せっせと閼伽桶（あかおけ）の水を掛けてはその台石のあたりを浄めていたが、今度はハッキリと私の耳にも聞えたのは、その浄める手を止めて婦人の方に押し出すように呟いた低い嗄（しわが）れ声であった。

逗子物語 (新字新仮名) ／橘外男(著)

案内顔に先に立って墓地の方へ通って行こうとする年とった寺男、閼伽桶（あかおけ）と樒（しきみ）の葉、子供等の手に振られる赤い紙に巻かれた線香の煙、何一つとして岸本の沈思を誘わないものは無かった。

新生 (新字新仮名) ／島崎藤村(著)

その後から老爺は前屈みになって閼伽桶（あかおけ）を下げつつついて行く。

逗子物語 (新字新仮名) ／橘外男(著)