ばさみ)” の例文
彼は松にからみついて居るあの藤の太い蔓を、根元から、桑剪くはきばさみで一息に断ち切つた。彼は案外自分にも力があると思つた。
そのうちに私はふと近くの町の鍛冶屋かじやの店につるしてあった芝刈りばさみを思い出した。例年とちがってことしは暇である。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いつもよくやるようにピカ/\光る裁縫ばさみの冷たい腹を頬に当てゝ、昔わかれた幾人もの夫の面影を胸の中に取出し、愛憎交々こもごもの追憶を調べ直しているのではあるまいか。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その晩、お通夜へ行つた筈の新助が、木戸の外で、植木ばさみのどを突かれて死んで居たのです。
庭木ばさみ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはちょうど鶴のような恰好をした自働器械オートマトンである。そのくちばしが長いやっとこばさみのようになって、その槓杆こうかんの支点に当るねじびょうがちょうど眼玉のようになっている。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
足早に出て行く主人の姿を、二疋の犬は目敏めざとくも認めて追駆けた。びたのこぎり桑剪くはきばさみとをかたげた彼が、二疋の犬を従へて、一種得意げに再び庭へ現れたのは、五分とは経たないうちであつた。
……私がどういうわけで芝刈りばさみを買っているかがこの夫婦にわからないと同様に、この夫婦がどういう径路からどういう目的で出刃庖丁でばぼうちょうを買っているのか私には少しもわからなかった。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)