かじ)” の例文
たつた一輛残つてゐた俥の持主は五年前に死んで曳く人なく、かじの折れた其俥は、遂この頃まで其家そこの裏井戸のわきで見懸けられたものだ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
車夫はき入れず——あるいは聞えなかったかもしれぬ——かじを下におろし、その老女をいたわりたすけ起し、身体からだを支えながら彼女に訊いた。
些細な事件 (新字新仮名) / 魯迅(著)
俥夫しゃふは、茶屋からいいつけられたままで、深いわけは知らないので、彼女に毛布をかけてやるとすぐにかじを上げて走り出した。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで彼はかじを引張ったり、鞭でひっぱたいたりして一生懸命に馬を出そうとするけれど、ねた動物は却って膝を折りまげて、どたりと横っ倒しになった。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「遠いよ」と云った人の車と、「遠いぜ」と云った人の車と、顫えている余の車は長きかじを長くつらねて、せばく細いみちを北へ北へと行く。静かなを、聞かざるかとりんを鳴らして行く。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かじを上げた俥は、方向をくらます為めに一つ所をくるくると二三度廻って走り出したが、右へ曲り、左へ折れ、どうかすると Labyrinth の中をうろついて居るようであった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)