見凝みつ)” の例文
此少年は今度は其日の線を見凝みつめ乍ら、先から先へ連なる不安と、其不安の究極いやはてにある暗く輝かしいものを、涙を溜めて思ひ続けた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
くすんだような深い赭色あかいろに塗られた盃は、冷たい酒をたたえて、内から、描かれた金蒔絵きんまきえの長老姿を浮きあがらせた。人々はそれを見凝みつめてそしてあおった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私は不幸というものを、私自身に就てでなしに、生徒の影の上から先ず見凝みつめはじめていたのだ。その不幸とは愛されないということだ。尊重されないということだ。
風と光と二十の私と (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
で彼はたゞ遠くから二階の障子を見凝みつめてこゝはB街ではない、従つてこれは、遠野が嘘をついたのでない限り彼女の家ではないとそんなことを考へながら暫く其処に立つてゐたのだつた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
と、じっと半兵衛を見凝みつめながら答えた。しかし対手が老人で通らない。又しても聞くのに対して又右衛門は又返事をしながら鉾子尖きっさきをカチリと半兵衛の太刀先へ当てながらじりじりと追込んでくる。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
お喜乃はすり寄つて年配の男の顔を見凝みつめた
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
八畳の書斎の中央に、一かんりの机を前にして父は端然と坐つてゐた。そして其眼はぢつと前方遠くを見凝みつめてゐた。机の上には一冊の和本と、綴ぢた稿本かうほんとが載せてあつた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
僕はね、ともかく芸人だから、命のとことんの所で自分の姿を見凝みつめ得るような機会には、そのとことんの所で最後の取引をしてみることを要求されているのだ。僕は逃げたいが、逃げられないのだ。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
真実ほんとにどこかおわるいの。」と妻が小声でく。道助はぢつと他所よそ見凝みつめて答へない。彼女がそつと夜具に手をかけた。彼はそれをピシリと叩いた。彼女は黙つたまゝ頬を痙攣けいれんさせて出ていつた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)