荏原えばら)” の例文
淀橋よどばし区、四谷よつや区は、大半焼け尽しました。品川しながわ区、荏原えばら区は、目下もっか延焼中えんしょうちゅうであります。下町したまち方面は、むしろ、小康状態に入りました」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
荏原えばらの銀行では、マンマと薬品をのまされたけれども、薬のキキメが現れない。そこで支店長と三十分ほど世間話をしていたそうですね。
哀れなトンマ先生 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
奪い、一儲けしようとするのだろう! ……が、そうならお気の毒だ! 彼女はそんな秘密などより、荏原えばら屋敷の奴原を……
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、その内の中武蔵は、北を豊島郡といい、南を荏原えばら郡と称し、芝の赤羽川をその境界としていたのである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
徳次郎の実家は荏原えばら在にあり、十数代も続く大地主で、苗字帯刀をゆるされているという。彼はその二男であるが、自分の望みでむさし屋へ奉公にはいった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それを一年に一度十夜の晩に、寺の住職がすっかりほどいて置くと、次ぎの日からまたしばり始めるのでありました。(願掛重宝記。東京府荏原えばら郡品川町南品川宿)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一昨年、東京府下荏原えばら郡大井町小学校に奉職する教員が、六年間に五名まで肺病にかかったそうだ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
明治三十六年松山に帰省したついでに近在の荏原えばら村という所に遊びに行ったことがありました。その時はある田舎の寺で俳句会がありまして、秋風という題で句作しました。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
明後日放送があるんですって、だから明日は八時までに練習所へ、顔を出さなきゃいけないんですって……練習所は、荏原えばらの方だから、早起きしなければいけないんですってね……
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
東京が段々だんだん西へ寄って来て、豊多摩とよたま荏原えばらの諸郡は追々市外宅地や工場等の場所になり、以前もっぱ穀作こくさく養蚕ようさんでやって居た北多摩郡が豊多摩荏原にかわって蔬菜そさい園芸品えんげいひんを作る様になり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それはやはり武蔵守の家来で、去年の河原いくさには足軽大将をうけまわったのを誇りとしている荏原えばら権右衛門であった。彼はすぐに鞍壺からひらりと降り立って、姫の前にうやうやしく式代しきだいした。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その頃は荏原えばら郡と云い、まったくの武蔵野で、私が教員をやめてから、小田急ができて、ひらけたので、そのころは竹藪だらけであった。
風と光と二十の私と (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「あたぼうよ、ご家来でさあ……もっとも最初はなは松浦様のご舎弟、主馬之進しゅめのしん様のご家来として、馬込の里の荏原えばら屋敷で……」
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「さようでございます、目黒とか、荏原えばらとか申しておりましたが、はっきりしたことはおちついたら知らせると云うばかりで、とつぜんでもあり私どもでもなにがなにやら……」
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
徳次郎の実家は荏原えばら在にあり、十数代も続くかなりな地主で、苗字帯刀を許されていた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その代わりかなりハッキリと「荏原えばら屋敷」という文字が現われて見えた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
金杉の店が焼け、親方夫婦は荏原えばらのほうの田舎へひっこんだ。