稲葉いなば)” の例文
旧字:稻葉
これは初め商売を始めようと思って土著どちゃくしたのではなく、唯稲葉いなばという家の門の片隅に空地くうちがあったので、そこへ小家こいえを建てて住んだのであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見渡すかぎりの稲葉いなばの海に、ところどころ百姓家の藁屋根が浮かんで、黒い低い雲から、さんざと落ちる雨の穂は、うなずくように、いっせいに首をまげています。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
娘おくめの縁談に関する件で、かねて伊那の南殿村、稲葉いなばという家は半蔵が継母おまんの生家さとに当たるところから、おまんの世話で、その方にお粂の縁談がととのい
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
洪水でみずには荒れても、稲葉いなばの色、青菜の影ばかりはあろうと思うのに、あの勝山かつやまとは、まるで方角が違うものを、右も左も、泥の乾いた煙草畑たばこばたけで、あえぐ息さえ舌にからい。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
途中で、放れ馬をひろい、やっと秀次をそれに乗せ、ほそという所で、ひと息ついていると、またも、敵の襲撃にあい、さんざんになって、稲葉いなば方面へ落ちのびた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といった時には、その赭い頬に涙の玉が稲葉いなばをすべる露のようにポロリと滾転こんてんくだっていた。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)