あかぎれ)” の例文
そして指の節々には、殆ど一本も残らず、大きなあかぎれが深い口をあけて居た。時々赤い血が小指の節などからしたゝつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいことおっしゃるのです。矢切の百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、あかぎれの薬に致します。ハハハハ」
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
このぢいやのおほきなさむくなると、あかぎれれて、まるで膏藥かうやくだらけのザラ/\としたをしてましたが、でもそのこゝろ正直しやうぢきな、そしてやさしい老人らうじんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ばね竹の紐から簀框を外して、あかぎれだらけの手を揉んでいると、今漉き重ねたばかりの紙から、しきりにしたたり落ちる滴の音が、はじめて耳に入ってくるのであった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
社会生活の破壊がもたらす様々な辛苦を、家庭で婦人は自身のあかぎれのきれた手によって知っている。
あかぎれさえ無ければ申し分ないのだがといわれ、なお愛嬌もよく、下足番をして貰うよりは、番台に坐ってほしいと、日の丸湯の亭主が言いだしたので、他吉はなにか狼狽して
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
指の太い、あかぎれだらけの、赤黒い不恰好な手が、急がしさうに、細い真鍮の火箸を動かす。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
だからやっているのではないが、私は今も半労働を続けている。今この原稿を書いている私の手は、あかぎれひびとで色が変わっているほどだが、晩年のトルストイの手のことを思うとなんでもない。
急に水仕事が多くなつたので、私の手は胼皸あかぎれで埋つた。埋つたといつても決して誇張ではなかつた。元来私は荒れ性で、田舎に居た頃から、冬になると手足にあかぎれがきれて仕方がなかつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
おさやは思わず坐り直してあかぎれのある手を深く襟元にさし入れた。
猫車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)